遍く照らす者
「人刃壱躰」
累陰は黒い斑点から生じた太刀を玄焚へ向けた。
「『陰縫』」
黒い太刀を構え、累陰は駆け抜けた。
大地を蹴り、玄焚へ急接近する。
しかし、狙いは玄焚の身体ではなかった。
玄焚の肉体から大きく反れた黒い太刀は玄焚の足元へ突き刺さった。
累陰と同じく太刀を構えた玄焚はその姿勢のまま、時間が止まったかのように静止した。
「驚愕を禁じ得ないようですね。それもそのはず。この刀は陰を貫き動きを封じるもの。玄焚殿、既に貴方は指を動かすことすらままならないのです。」
累陰は妖しい笑みを溢しながら話を始めた。
「玄焚殿、今一度お考え直されては如何ですか?」
玄焚は無言のまま太刀を構えている。
『陰縫』によって、動くことも喋ることもできないようだ。
「貴方の『火柱』の力は世界を覆うことすら厭わないのですよ。遍く人々が幸せに暮らす為に、その力を使いませんか?私たちは目的なく侵略しているわけではありません。」
心なしか、その声音は我が子を説得する親のように優しいものへと変わっていた。
「近年、問題視される魔獣凶暴化、更には大自然の荒廃…。それら自然の歪みは既にご存知の筈。私たちは人類を脅威へと導くそれらに対し、完膚なきまでに終止符を打とうとしているのです。その為に必要なのは貴方の力。『火柱』の自然を揺り動かす力。現に、貴方は紅穂の自然の隆興を喚起した。貴方が協力してくだされば、人々の安寧は約束されるのです。」
累陰は玄焚を受け入れるように手を差し伸べた。
その手には先程の黒い斑点はなく、その顔には優しい笑みが溢れていた。
玄焚は動かない。
しかし、彼の脳内は今までとは桁違いに素早く廻天し、思考していた。
白裂の宦官、否、黒忍から遣わされた妖しき累陰の思惑を。
或いは、この紅穂白裂間で惹起した戦乱の本質を。
玄焚は思考する。
魔獣の凶暴化、自然の腐敗。
それらはいずれ必ず、世界が向き合うべき問題だと感じていた。
玄焚は林道の歩みの中で魔獣の異変に感付いていた。明らかに、一般人の想像を超えた動きに玄焚でさえ翻弄された。
林道の木々もその生命力を衰えさせた様子が手に取る様に分かった。朽ちた大樹が横たわり、河川は枯れ果てていた。
『火柱』がそれらの解決を誘うことも理解ができる。『火柱』の燃え盛る炎は自然に干渉することすら容易いだろう。
解決の為、累陰の誘いに乗ることは吝かではなかった。
しかし、ではなぜ、戦旗を翻した?
なぜ、紅穂を侵略する必要があった?
『火柱』の力が必要なら、紅穂が主導でそれを行えば良いものだ。
解決に否定的な勢力が存在するのなら、言葉で吟味すれば良いのだ。
なぜ、わざわざ國を侵略した?民を蹂躙した?
いくら大義があったとはいえ、それは許されざる大罪だ。
外交によって多くの國が協力して自然を再燃させることもできた筈だ。
それをしなかったということは、裏の目的があるということだ。
津雲は言っていた。彼が『世の中を乱した大罪人』だと。
もしそれが本当なら…、彼の裏の目的が混乱に乗じた領土の侵蝕であるのなら、俺はそれを止めなければならない。
玄焚は意を決した。
もし累陰の言葉が本当なら、玄焚や紅穂が自然の復活を主導すれば良い。それだけのことだ。
しかし、その真偽の如何にせよ、累陰には国家叛逆と戦乱を巻き起こした責任を果たしてもらわなければならない。
玄焚は累陰をきつく睨んだ。
「火禱『漁り火』」
玄焚の斬撃を身に受け、累陰は吹き飛ばされた。
「き、貴様、なぜ喋られる?なぜ動ける?」
懐から石を溢しながら、累陰は激怒した。
「お前の欺瞞は晴れた。闇夜を引き裂く旭のように、俺は世界を遍く照らす。『火柱』としてな。」




