創始
科兎山山頂、巨いなる神域。
一人の年端も行かぬ少年が、見るからに妖しい男に一筋の太刀を向けていた。
かつての見窄らしい様子とは打って変わり、五つの『火種』は伝承を飾るに相応しい神爾へと変貌していた。
少年は自らの身長を超える大太刀を構えた。
その周りを自律する守護神たる円な大鏡が浮遊している。
『火柱』となった少年の剣気に拍車を掛けるのは、胸に秘めた勾玉であった。勾玉を中心にして『火』が無尽蔵に湧き出ている。
更に、背中には消えることのない炎を燈した大布が翻っていた。
しかし、『炎立つ稲穂』に相当する代物だけは見当たらなかった。
「素晴らしい、玄焚殿。貴方のお陰で、漸く、神髄を顕した『火柱』と『火種』を手に入れることができます。」
妖しい男は顔に手を当てて笑った。
その後、すぐに手を離し、玄焚と呼ばれた少年を睨んだ。
「無論、貴方が協力していただけることが前提なのですがね。否、私の手配で『火柱』となったものなのです。私が少し拝借しても差し支えないでしょう。」
すると、あらゆる備えが今まさに完遂したかのように、妖しい宦官累陰は言い放った。
「玄焚殿。貴方の『火種』は私がいただきます。『火柱』も我らが宿命のために使役させていただきますよ。」
玄焚は『火柱』に刻まれた記憶を経由して、かつての陰謀を思い起こした。
意を決したように言葉を放つ。
「よせ、お前に…、心の『火種』無き者に、『火』は使えぬ…。」
「ならば、力尽くで奪い取るのみ。『火柱』だからといってこの私を止められるとでもお思いで。」
玄焚は太刀を振り上げ、累陰も黒い短剣を革鞘から引き抜いた。
一瞬の静寂が科兎山に鳴り響いた。その反響が科兎山に燈った『火』の燃える音を誇張する。
二人は同時に斬りかかった。
玄焚の太刀『天津日嗣の剣』が昇り立ての太陽のように赫く輝く。
累陰の短剣も黒い噴煙を上げながら、鴉の羽ばたきのように舞い始めた。
幾つもの斬撃を玄焚へ降らせる。それらの驟雨は軽いように見えて、的確に玄焚の急所を狙っていた。
自律して浮遊する鏡が累陰の動きを予測し、彼への致命傷を防いだ。
玄焚も攻撃をいなしながら、累陰へ牽制を加えた。
「火禱『燈し火』」
累陰の身体を赫い炎が包み込む。
漆黒の短剣を振り払いながら、累陰は後ろへ飛び去った。
体制を整えると、再び距離を詰めて玄焚の首筋へ鋒を突き立てた。
しかし、『火柱』となった玄焚にとって、その一瞬の隙は反撃を加えるのに充分な時間だった。
刹那を費やして、同時に二つの火禱を上げる。
「火禱『焚き火』『熾火』」
『焚き火』で身体能力を引き上げ、『熾火』で累陰の剣戟を迎え撃つ。
「無駄なことを。」
累陰が黒煙を纏いながら一閃した。
その閃きが玄焚の身体を真っ二つに引き裂いた。
しかし、玄焚は赫灼たる大布を翻して、断固として倒れようとしなかった。
「私に膝を突くが良い。」
幾つもの黒い閃光が玄焚を襲う。玄焚はその全てを防ぐ事なく全身で受け止めた。
黒煙が舞う。累陰は玄焚の無抵抗たる態度に違和感を覚え、何度も斬りつけた。
しかし、何度斬りつけようが、玄焚は微塵も動かない。ましてや、倒れようともしなかった。
いつしか黒煙は晴れ、玄焚が受けた全ての傷は赫く熱していた。
「これが『熾火』だ。受けた傷が消えることはないが、全て灼熱の炎に変えさせてもらう。」
『天津日嗣の剣』に業火が燈った。
玄焚が剣を振り下ろすと、止め処なく溢れる炎が累陰に降り注いだ。
累陰の身体が火に包まれた。
悶えるように苦しみ、叫び声を上げる。
「己れ、小癪な事を。」
身を火に焦がしながら叫ぶ宦官は、意を決したように胸に短剣を突き付けた。
黒白の慇懃無礼な胸へ短剣が吸い込まれる。
すると、累陰の皮膚に黒い斑点が生まれた。
「人刃壱躰」
黒い斑点は累陰の腕に纏わりつくと、黒い太刀を生成した。
鈍い残像を残しながら振り払うと、彼は腕と一体化した黒い太刀を玄焚へ向けた。




