継承する『火柱』
玄焚は今にも崩れそうに身体を揺らしながら立て続けに宣言を放った。
「『漁り火』、『篝り火』」
玄焚を中心にして神殿が円な火を吹く。火の舌が輪になって踊り始めた。
宣言を放つ度に、『火』の勢いは増していく。それと同時に、玄焚たちの肉体に懸かる負担も大きくなった。
『銀狐』が音を立てて扇を開いた。
「玄焚君、君の心は強いようだ。紅祇斗ですら耐え得ることの出来なかった火禱に此処まで耐えるとは。君は若しかすると、若しかするかもしれないな。火禱『狐火』」
宣言を放つと同時に『銀狐』の目が野生の獣のように力を帯びた。
玄焚の皮膚は張り裂けて血飛沫を上げた。その血飛沫が火の渦に包まれながら、炎は更に火力を上げていく。
玄焚は断末魔の叫びを上げた。その声が科兎山を超えて遙かなる地まで届いた。
息も絶え絶えになりながら玄焚は宣言を放った。彼が使用できる最後の宣言だった。
「と、『翔び火』」
刹那、物理的空間を翔び超えて玄焚は陽夏に逢っていた。
気が付くと玄焚たちは陽夏ら四人がいる街道にいた。
否、厳密には科兎山と街道に同時に存在していた。
陽夏が仲間と話しながら笑う。彼女らは玄焚たちの存在に気付かなかった。
しかし、方位磁針だけは確固たる意志を持って玄焚を指し示した。陽夏はそれにすら気が付かなかった。
玄焚は陽夏の後ろ姿をじっと見詰めた。
幼き頃より見た夏の太陽のような笑顔。
繋ぎ合った柔らかい手。
玄焚は愛しさを覚えた。と同時に手を伸ばし、陽夏の肩に触れようとした。
その手が触れる寸前のところで、玄焚は科兎山に引き戻された。
我に帰ると、神殿から火の嵐が吹き荒んでいた。
その中心に玄焚と紅祇斗はいた。
その他には誰もいない。
肉体は愚か、精神すらも既存の領域を超えて神域へと達していた。周りを炎の壁がそそり立っているというのに、音は聞こえなかった。
無音の空間に紅祇斗の声だけが木霊する。
「玄焚、お前は狂い始めた時代を修正する為に、或いは、創られたかもしれない。また、多くの悪人がお前の『火』を利用するかもしれない。総てを灰燼に帰したことで、お前は叛乱者として命を狙われるかもしれない。それでも尚、『火柱』となるのか?」
以前、『火柱』となった紅祇斗だからこそ伝えられる警告だった。
しかし、玄焚の意志は揺るがない。
玄焚の目から涙が溢れた。顔から雫を落としながらゆっくりと頷いた。
「玄焚、愛している。火禱『天津火』」
紅祇斗がそう言うと、紅祇斗の屈強な肉体が水を浴びた泥人形のように崩れた。肩が割れ、脚がへし折れ、腕が千切れた。
肉体の亀裂から砂のような粒子が溢れて『火』の流動に吸収されていく。紅祇斗の肉体総てが灰燼のような粒子に変わり果てるまで、そう時間は掛からなかった。
最期に『火』そのものとなった紅祇斗の声が響いた。
「紅穂王、今、其処へ参ります。」




