科兎山神殿
同日、科兎山、天を仰ぐ山頂にて。
蒼穹に輝く日輪が山頂に鎮まる神殿を照らした。
日の光を浴びて、陰が伸びる。陰は太陽が上昇する速度と同じ速さで、緩やかな回転を見せていた。
その光と陰の動きを見越したように神殿は鎮座していた。
特定の季節の特定の日時において、太陽は神殿の真上に昇り、科兎山全体を照らす。
今まさに、その時が来ようとしていた。
頂点へと続く石造の階段から幾つもの足音が聴こえた。
玄焚を筆頭とした少年ら、知られざる初代『火柱』紅祇斗、妖艶な美しさを持つ『銀狐』、毒牙を隠した妖しき宦官累陰と忍者のような男。
みな、自分なりの思いを『火柱』に架けているように見えた。自然と彼らの顔は厳かなものとなっていた。
「玄焚殿、山頂に到着致しました。早速で申し訳ないのですが、火禱を行いましょう。」
山頂の開けた空間に出ると、累陰が真っ先に口を開き、玄焚に『火柱』になるよう促してくる。
しかし、宦官の催促に答えたのは、玄焚ではなく紅祇斗だった。
「玄焚は未だ総ての火禱が使えない。それ故、俺たち火禱を行える者が支援を行う。そうだな…。」
紅祇斗は深く考え込んだ。
火禱には厳密には順番が存在する。
かつて紅祇斗が行った、不完全な『火柱』なら兎も角、完璧に伝承のままの『火柱』になるには、正しい順番で九つある火禱を行う必要があった。順番が異なれば、『火柱』の精度も同じくらい鈍くなる。
逆も同じこと。万が一『火柱』の素質を持たぬ者が正しい順番で火禱を行って仕舞えば、由緒正しき『火柱』の伝承を伝えてきた紅穂にとって脅威となりうる。
だからこそ、火禱の存在が『穂叢流剣術』などと云う得体の知れない剣術に置き換えられたりしていたのだ。
一方で、紅祇斗のように紆余曲折を経て『火柱』の真相真髄に至る者もいる。
本来なら、紅穂王家のみに伝わる神秘なのだが、紅祇斗は自ら『火柱』となった経験から本能的にそれを理解していた。
「玄焚に教えた火禱が『篝り火』、『鬼火』、『翔び火』。彼がもともと使えるのが『焚き火』、『漁り火』、『燈し火』。」
「紅祇斗先生、俺が『焚き火』を請け負います。見様見真似ですが、少しでも玄焚の力になりたい。」
紅祇斗の話の腰を折り、九狼が主張した。
「宜しい。『銀狐』、『狐火』を委ねたい。私は『天津火』を以て祀る。」
『銀狐』と呼ばれた謎多き妖艶な女性は笑みを浮かべて頷いた。
「いいでしょう。『銀狐』の名にかけて火禱の一つでも上げてみようではないか。」
津雲は残る最後の火禱『熾火』の請け負いを希望していた。
以前、玄焚の師匠から津雲もまた修行を受けたことがある。若くして火禱を行うことは可能だった。
しかし、それと同時に、自らが会得している我流火禱のような気軽な勢いで行って良いことなのか、不安を覚えていた。我流火禱とは違い火禱本家は厳かなものなのだ。
更には、津雲自身は、紅穂侵略を実行した罪人とも言えるのだ。罪悪感に苛まれていることは否定できなかった。
その心情を察して玄焚が諭した。
「師匠は怒るかもしれないが、しかし、俺は津雲くんに火禱を行ってほしい。紅穂へ侵略を行ったからこそ、罪を負ったからこそ、『火柱』の一端を担ってほしい。俺は津雲くんを信じている。」
その言葉が津雲の心神を貫き通した。そこから津雲の心の中へ僅かに光が伝播した。
「ありがとう、玄焚くん。僕は『熾火』を請け負うよ。」
その光はいずれ、紅穂白裂間を繋ぐ炎へと変わるだろう。いつか、必ず。




