黒の悲願
重厚な金属の扉を怠そうに開くと、忍者は機関室を制御していた紅穂兵数名を斬り裂いた。
累陰は楽しむような足取りで深奥へと進むと、そこに鎮座する神爾に手を伸ばした。
五つある『火種』の内の一つ、『火の鳥舞う鏡』。
ゆっくりと回転しながら『火』の舌を翻すその姿は、その名の通り『火の鳥』のようだった。
しかし、累陰はその美しい舞に躊躇い一つ見せず、周囲にある制御機構を縦横無尽に斬りつけて破壊した。
『火の鳥舞う鏡』は舞を踊るのを止め、回転を減速させ、遂には静止した。
揺らめく炎を携えた『火の鳥舞う鏡』を赤子でも抱くかのように両手で囲い込み、累陰はそれを奪い取った。
すると、同時に、原動力を失った紅の戦艦が機動力をも失い、大きく風に煽られながら下降し始めた。
窓の向こうに臨んでいる科兎山が近づいてきたかと思うと、山紫水明を露わにした。
その山麓へ墜落していく。
船内は紅穂兵は愚か、白裂兵すら錯乱して入り乱れている。
中には外へ出て独り身を落とす者もいた。
累陰はそれらの様子を侮辱したような冷たい眼で見ると、忍者の頭と共に空中に跳び上がった。
人間の脚力を遥かに超えた筋力で蒼穹に躍り出るや否や、すぐに角度を下げ、科兎山中腹より少し上の階層へ大砲の弾のように突撃した。
轟音を立てながら空間を斬り裂き、科兎山に組まれた荒屋目掛けて飛来した。
累陰が荒屋近くの少年に話しかける。
「玄焚殿、その意気や良し。是非、この累陰のために『火柱』となってくれませんか。ああ、愛おしい坊や。」
その声は空間距離を超越して反響した。
「『天津日嗣の剣』、『火の鳥舞う鏡』、『灰降らす勾玉』、『炎立つ稲穂』、『火の花咲く大布』、五つの『火種』が全てここにある。美しい。芳しい。」
そう言い終えると、累陰と忍者は科兎山へ軽々と着地した。
その場にいる少年三人、男性一人、女性一人がひどく驚愕していた。
累陰にとって知っている者もいた。
しかし、彼にとって用があるのは一人だけだった。
「申し遅れました。私、累陰と申します。白裂の宦官をしてましてね。白裂王のご愛顧を賜り、政治を司らせていただいております。」
自己紹介を済ませると、白髪の少年が吠えてきたが、いつものように軽くあしらった。
なんて扱い易いのだろう。
累陰はそう思ったが、彼にはもう用がなかったので、『火種』を持つ少年に声を掛けた。
「さて、玄焚殿、貴方には『火柱』になっていただきます。」
漸く悲願が達成する。
『火柱』の完成だ。
この少年が『火柱』になればいくらでも操り人形にできる。
あらゆる戦役に活用できる切り札として黒忍の領土拡大に貢献できる。
そうすれば、私の《貴族階級》も上がるに違いない。
累陰は思わず笑みを溢した。
それと同時に玄焚に三つの『火種』、『火の鳥舞う鏡』、『灰降らす勾玉』、『炎立つ稲穂』をいとも簡単に手渡した。
「玄焚殿、『火柱』になり給え。」




