『原初の銀狐』
「銀狐殿。」
その声に呼応するように、素早い小動物が紅祇十の足元まで駆けてきた。
「銀狐殿。白裂復興、紅穂復興を同時に願いたい。」
狐と栗鼠を併せたような見た目の掌ほどの大きさをした小動物が鳴いた。
「ぴゆう。」
まるで会話するように紅祇十も答えた。
「分かっている。利点も利益もない。今となっては白裂も紅穂も俺には関係がないが、なるほど、時代の変化が速すぎる。」
「ぴゆ?」
「何者かが裏から動かしているように、厭な気配がする。『建国者』としては虫の居所が悪くてな。」
すると、先程まで『銀狐』と呼ばれていた小動物が今までとは打って変わり、凛とした女性の声を放った。
「なるほど、それは『原初の銀狐』としても都合が悪い。しかし、紅祇十、伝承の『火柱』でも立てぬ限り、宦官は愚か、恐らくその“裏”であろう黒忍も倒せぬぞ?」
華奢な動物の中から聞こえる強く凛々しい声は、紅祇十にそう訴えた。
その訴えに応じて、紅祇十は何も言わず、緋き瞳で玄焚を見つめた。
まるで、何かを玄焚に期待するような目付きだ。
気が付くと、九狼も玄焚に対し期待の眼差しを向けていた。
すると、何かを察したように小動物の姿が変化した。
銀色の毛を舞わせながら、白光した四肢が瞬く間に美しい女性を形取った。
「ご機嫌よう。玄焚君、九狼君。私は『原初の銀狐』という者だ。君たちの活躍は遠くから見ていたよ。そう、何千年も前からね。」
少年二人は彼女が何を言っているのか分からなかったが、一先ず自己紹介をした。
「自己紹介などしなくて良い。それより、玄焚君、君は『火柱』に成れるのだな?」
『銀狐』の瞳が玄焚を見つめた。凍えるような視線が玄焚を震え上がらせた。
玄焚は一瞬怖気付いたが、覚悟を新たに叫んだ。
「俺は『火柱』に成ります。紅穂や白裂の人々を救う為に、俺は『火柱』に成ります。」
「それは素晴らしい。」
『銀狐』が妖艶な笑みを浮かべた。
「しかしながら、玄焚君の肉体が脆弱であるのもまた事実。このまま『火柱』になってしまうと、『火』に飲み込まれてしまうだろうね。どこぞの誰かさんみたいに。」
『銀狐』は悪戯のように嘲笑った。
「やめろ。過ぎた話だ。」
『銀狐』の話を受けて紅祇十は不覚にも反応してしまった。珍しく恥ずかしそうに押されている。
玄焚と九狼はその様子を見て、思わず苦笑しながら目を逸らした。
「玄焚、九狼、貴様らっ…。」
「まぁ良いではないか。それともなんだ、君が過去に『火柱』を上げて暴走したのは嘘だったとでも言うのかな。あの時は大変だったんだぞ、紅穂の王様も爺さんも…」
「やめろ。やめろ。いや、やめてください。」
「…そもそも、君が『建国者』たる理由は『火柱』にあるじゃないか。……はぁ、まぁ、この話はまたいずれするか。」
紅祇十は『火柱』を暴走させて以来、久しぶりの焦りを呈していた。
それを満足そうに笑いながら『銀狐』は渋々、お喋りをやめた。
紅祇十を小馬鹿にできるのは『銀狐』くらいなのだな、と少年二人は感じていた。
自分たちがこんなことしたら吹き飛ばされ兼ねない、と。
「兎も角、玄焚君の肉体・精神ともに大丈夫だったとしてもだ。五つあるはずの『火種』が足りないではないか。」
玄焚は『火種』とは『火柱』になるための要素だと理解していた。師匠から預かった臙脂色の短刀が玄焚の持つ『火種』である。しかし、その『火種』が五つもあるとは知らなかった。
「玄焚君の持つ『天津日嗣の剣』、そして私が丹精込めて紅穂から運んだ『火の花咲く大布』。ここにはこの二つしかない。」
そう言うと、『銀狐』は懐から羊皮紙のようなものを取り出した。否、それは羊皮紙ではなく、五つある『火種』の内の一つ『火の花咲く大布』だった。




