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灰燼に帰す  作者: 伊勢原エルザ
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累陰

玄焚は『藻塩火(もしおび)』を上げて以来、つまり、紅祇十の弟子になって以来、ずっと、訓練を続けていた。

死んだ師匠とは違い、簡単に休息を与えてくれない。

玄焚の身体が休むのは、夜寝る時だけである。

昼間は終日、『穂叢流剣術』すなわち紅祇十(あぎと)の言う『火禱(ひまつり)』の練習に当てられていた。

練習と言っても、座学ばかりの師匠とは打って変わり、実際に紅祇十の動きを真似ているものばかりだ。紅祇十と同じ『火禱』を上げられるように、動き方を覚えなければならない。

動きを間違えると、玄焚は紅祇十に殴られた。言葉とともに拳が出てくる教え方は玄焚にとってとても過酷なものになったが、その反面、身体は自然と動きを記憶していった。

隣では九狼が槍術を練り上げている。玄焚の急成長ーー厳密には『火種』の威力の発動ーーを受けて悔しさを胸に鍛錬(たんれん)を重ねている。

九狼にとって本来の師匠の教えを()う事で、更に高次元の動きを会得し始めていた。

玄焚も半ば強引な紅祇十の教えを受けて九つある『火禱』の技を全て使えるようになり始めていた。

その頃である。寝泊まりして修行を続ける建物のすぐ近くに、見覚えのある白髪の少年が倒れているのを目にしたのは。

玄焚は数秒、考えた後、彼が師匠を殺めた人物であることに気付いた。

すると、同時に、倒れている少年を相手に臙脂(えんじ)色の短刀に『(いさ)()』をつけ、叫び声を上げて斬りかかった。

「貴様、師匠の仇、天誅(てんちゅう)!」

短刀の(みね)が少年に触れる(すんで)のところで、玄焚は紅祇十に蹴り飛ばされた。

「玄焚、醜い姿を見せてはいるが、彼は白裂の王子だ。何はともあれ、まずは彼に話を聞け。」

そう言うと、優しく津雲を抱き抱えて家の中へと連れて行った。

玄焚は酷く困惑しながらも、紅祇十に従った。

再び津雲が起き上がるまで、玄焚は剣を振り、九狼は槍を振り、紅祇十は看病に腕を振るった。傷が()えて津雲が床から立ち上がるまで、そう時間は掛からなかった。

「僕はなぜ、ここにいるんだ。」

僅かに記憶を失いつつも、津雲は着実に元気を取り戻していった。

玄焚は頃合いを見計らって、師匠暗殺の経緯を聞いてみた。

「なぜ、師匠を殺めた。白裂の王子でありながら、なぜ、紅穂を侵略をした!」

津雲は激昂する玄焚を冷たい目で見つめつつ、しかし、同時に自分自身の負い目も感じながら口を開いた。

「白裂は今、累陰(たかかげ)という名前の宦官に乗っ取られている。僕は其奴(そやつ)(あや)しい暗示をかけられ、紅穂を攻め、城を奪い取り、僕自身の師匠でもある方を暗殺してしまった。無論、僕に非がある事は変わりがない。しかし、僕も累陰から白裂を取り返そうとしたんだ。その結果、力及ばず操られてしまったのだ。」

悔悟(かいご)とともに真実を語る津雲を玄焚は見直した。

もちろん、親代わりの師匠を殺めた罪は消えはしない。しかし、累陰という宦官や妖しい暗示というものが、なるほど恐ろしく感じた。

玄焚は直感的に耐え難き苦痛を思い浮かべた。

「あの宦官をどうにかしなければ、白裂はおろか、紅穂も彼の手に落ちるだろう。こんな仇のような奴に言われるのは不覚だろうが、どうか力を貸してくれ。僕一人では無理だったのだ。それに、僕のかつての師匠もあの老爺なのだ。」

津雲が深々と頭を下げた。他国の庶民に頭を下げて懇願するというのは、王族という身分にしては異例の行動だった。

しかし、依然として玄焚は津雲を懐疑(かいぎ)の目で見詰めていた。

協力を仰がれたとは言え、相手は侵略を行った実行犯である。信じるか疑うか、玄焚は決め兼ねていた。

それに引き換え、紅祇十は(こころよ)く引き受けそうな顔付きだ。一切の疑念を見せていない。

そもそも、玄焚は紅祇十を心の底から信用しているというわけではなかった。(いま)だ、紅祇十は謎に包まれている部分が否めない。今でさえ、悪しき侵略者の甘言(かんげん)を受け入れようとしているのだ。

現に、紅祇十は「宜しい。」と低く呟いた。

紅祇十はじっと緋い眼で津雲を見つめてから、まるで試すように幾つかの疑問を投げかけた。

「白裂王陛下は如何(いかが)した?従者は?軍は?」

「父上は累陰の所為(せい)で妄言を吐くようになりました。僕が気付いた時にはもう廃人のようで。従者も白裂軍も今は既に累陰の手中にあります。…八方塞がりなのです。」

紅祇十の気迫を感じ取ってか、津雲の言葉が自然と(うやうや)しいものになった。

津雲の話を聞く限り、紅穂はおろか、白裂すらも玄焚や紅祇十の思う以上に壊滅的な様子だった。

その様子を(かんが)みて、紅祇十は腕を組んで暫く考えた。

玄焚は未だ師匠の仇について考えていたが、白裂の満身創痍さを聞くと、協力するのも悪くはないと思った。

九狼は遠くの方を見つめ、何かぶつぶつと言っている。自分に関係のない話というより、良く考えている様子だ。

「たかが四人では何が出来ると知れたことではない。だが、一抹の手助けはしよう。」

こう言うと同時に、紅祇十は高く声を上げた。

銀狐(ぎんぎつね)殿。」

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