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灰燼に帰す  作者: 伊勢原エルザ
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もう一人の師匠

少年二人が同時に激昂する。

剣槍相舞(けんそうあいまい)藻塩火(もしおび)』」

止まることのない火の嵐が紅祇十を包む。

吹き荒ぶ気候の乱れの様な風が火の粉を(まと)いながら科兎山を駆け抜ける。

その勢いは木々や動物たちを威圧した。

玄焚と九狼はその嵐の巻き上がる様子を見て、我ながら驚愕していた。

今日何度目とも付かぬ驚きだ。

先日の緋い閃光と言い、この火巻く嵐と言い、この身すら滅ぼしそうな勢いがある。おそらく、玄焚の力量というより『火種』が持つ潜在的な脅威なのだろう。

『火種』は幼き少年には扱い切れぬ短刀なのだ。玄焚は改めてそう認識した。“欠陥品”と言われてしまうのも仕方がない。

しかし、巻き起こる火流の中からは称賛の声が湧き立った。

天晴れ(あはれ)。協調性、合格。」

紅祇十の声がそう告げる。すると、今まで科兎山を轟かせていた業火が総て紅祇十の口に吸い込まれ始めた。

燃え立つ音を弱めながら、天まで上がっていた火を渦巻きながら飲み込む。異様な光景だった。

一頻(ひとしき)り飲み込むと紅祇十は満足そうに言った。

「悪くない炎だ。『火柱』になる前に野垂(のた)()にそうなくらい肉体は脆弱(ぜいじゃく)だが、九狼と協力した精神とその阿吽(あうん)の呼吸は称賛に値する。喜べ。」

玄焚と九狼は笑いながら顔を見合わせた。

玄焚にはこの男が何者なのか知らなかったが、確かなる達成感を感じた。

九狼にとっては自らが師と(あお)ぐ紅祇十に認められたことがこの上ない喜びに感じた。それと同時に、紅祇十の底なしの強さを再び身体で理解した。

紅祇十はその総てを燃やし尽くすような緋い眼で玄焚を見つめた。

「玄焚、貴様を俺の弟子とする。断ったら殺す。」

「よ、よろしくお願いします。」

玄焚は気圧されながら弱々しい声を上げた。

しかし、紅祇十が(かす)かに「死ぬなよ。」と(ささや)いたのを聴き逃しはしなかった。

「九狼、貴様も槍術はある程度使えるようになったな。その歳にしては充分だ。」

九狼にとってこれが初めての紅祇十からの誉め言葉だった。

幼少期に老爺師匠に破門にされた。その後、泣き(わめ)く九狼を紅祇十にほぼ殴りながら拾われて以来、槍の使い方を学び続けた。叱責(しっせき)され、殴打(おうだ)され、誉められることはほぼなかった。ここに来て(ようや)く誉められたのだ。

「先生、俺は…。俺は力を持つ意味など、まだ分かってません。」

九狼は悔しそうに(うめ)いた。玄焚の急成長を受けて感じていた自身の無力さが溢れ出た。

「では何故、玄焚を(かば)った?俺が貴様ら二人を同時に燃やすことも出来ると分かっていながら、何故守った?」

沈黙が僅かに続いた。ひたすら九狼は何か言おうとしたが、言葉にならなかった。

「九狼、貴様が大切な者を守るためにその槍を使うと、無意識に決めていたからだ。」

溜まり切った感情が爆発するように九狼が涙を流した。

「貴様の槍が無ければ先程の『藻塩火(もしおび)』も成し得ない。玄焚一人では到達し得ぬ領域だ。立派であった。」

九狼は紅祇十に抱き付いた。まだ幼き少年の心がそこにはあった。

九狼の頭を撫でる紅祇十の手は今までの鬼の形相からは想像がつかない程、柔らかい手付きだった。人が変わったように優しい雰囲気にその場の誰もが押し黙った。()わば、ありとあらゆる苦難を乗り越えた超越者らしい優しさだ。

「九狼、玄焚、貴様らを『火柱』に耐えうるよう育てる。ついてこい。」

そう言うと、彼らは先程の戦闘で砕けた階段を登り始めた。

火の気に感化されたのか、太陽がその光輪を(かがや)かせた。

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