太陽の分霊
長い階段の下り道を走りながら、紅祇十は自身の若かりし頃を思い出していた。
ーーーそう。俺もこの少年のように、自らの力量を弁えない愚か者だった。
太古の昔よりこの地に伝わりし『火の器』の伝承…。その身を太陽に捧げ、太陽の分霊たる『火』そのものに成る儀式。呪術。禁忌。
それは時代を超えて『火柱』と呼ばれるようになっていたが、たとえ名称が変わっていたとしても、本質は同じだ。
溟い時代の流れの中では、皆、自然と太陽の火燈を求める。それ故に、俺もそんなものに憧れた日もあった。
しかし、そう簡単に愚かな少年が皆を照らす燈には成れはしない。一歩間違えれば、今までの努力を総て水泡に帰し、紅穂に限らずあらゆる国々を灰燼に帰す。
歪んだ心を持った『火』が総てを飲み込み、消し去ってしまう。
現に、俺は自分だけの欲を優先して『火の器』になりかけたことがあった。
この科兎山にて、『火柱』を立てる為の五つの『火種』を集め、禁じられた火禱を行おうとした。
『火種』に火禱で火を灯し、悪しき『火』を降ろしてしまった。
気が付くと、俺の心は『火』に囚われていた。すると、一瞬のうちに目の前が総て火の海となった。
あの時、まだ王にすらなっていなかった紅穂のおやじが止めてくれなければ……。俺は…。世界は…。
贖罪にはならないが、今度は俺がこの愚かな少年をーーあの日の俺自身のような少年をーー正しい方向に向かわせなければならない。正しい『火柱』にしてやらねばならないのだ。
畝り立つ火球を玄焚と九狼は弾き飛ばした。幸い、『翔び火』と呼ばれた火の玉そのものは牽制に過ぎなかった。むしろ、玄焚は『燈し火』の火炎を識別する効果により、無理矢理火の玉を二つ吸収していた。
紅祇十の火を飲み込んだ師匠の短刀が臙脂色に輝いた。
「その工夫、悪くない。」
紅祇十が幽かに口角を上げた。その僅かな微笑みとは裏腹に影を揺らす火の手が強か玄焚を叩く。
「穂叢流剣術『焚き火』」
玄焚が火の手を弾きながら言葉を放った。すると、少年二人の身体が緋色の光に包まれた。
九狼が肉体の躍動を感じながら槍を振るう。
「霧嶋流槍術『潮風』」
玄焚も同様である。身体の奥底から無尽蔵に湧き出る火の勢いを感じ、叫んだ。
「穂叢流剣術『漁り火』」
臙脂色の『火種』から顕れた輝かしい火が九狼の『潮風』によって回転しながら巻き上がった。
まさに“火柱”のように立ち上がった業火が螺旋を描きながら天空へ届いた。
ぶつかり合う火と火の諍いの中で、玄焚の『漁り火』が紅祇十の『篝り火』を吹き飛ばした。否、その竜巻の様な螺旋が奪い去ったというのが正しいかもしれない。
少年二人は同時に激昂した。
「剣槍相舞『藻塩火』」




