緋い瞳
科兎山は過酷な山道を有してはいなかった。
むしろ、今までの獣道とは違い、人の手によって道が整備されている。とは言っても、簡単に木の板、石の板で階段が作られているだけで、紅穂の城下町とは比べ物にならない質だった。
一人で作ったんじゃないかといっても過言ではない。
ところどころ、踏み潰された木板や割れた石があったが、そういう場合は二重板になっている。
坂はなだらかで、歩いていて疲労困憊するほどの勾配はなかった。
途中、獣道が見え隠れしたが、玄焚たちの歩く道と交差することはなかった。
そのためか、牙獣や狼などに襲われていなかった。
科兎山の中の気配を鑑みるに、棲息しているものの、決して襲いはしない様子だ。
玄焚は科兎山全体に気品の良さをひしひしと感じた。
ーーーここに住まう人が清く正しい人なのか、動植物が洗練されているのか。もしかすると、それら両方かもしれない。
この山には、なだらかで穏やかな自然の伊吹が、どこまでも続いている気がした。更なる標高へ向かう坂が、太陽まで続いている暖かさを感じる。
その形容し難い光が科兎山をすっぽり覆い、そこに内在する総てを、知らず知らずのうちに浄めているかのようだ。
現に九狼も「ここの空気は美味いな。」と深呼吸をしていた。真似して玄焚が肺いっぱいに空気を吸うと、身体の隅々まで科兎山の光が満ちる気がした。
すると、木漏れ日が一瞬の揺らぎを見せた。ともすれば、見落としてしまいそうな陽光の翳りに、九狼はすぐさま反応し、玄焚を押し下げた。
「玄焚、下がれ。」
言い終わる前に、業火を瞳に凝縮したような緋い瞳を持つ男が地面に拳を叩き付けた。玄焚が今し方立っていた場所が土埃を上げた。
「俊敏性、不合格。」




