出立の誘い
帰る間ずっと、玄焚の事を考えていた。
玄焚は私を助けてくれないし、私は玄焚を助けに行けていない。
自由な行動を封じられた捕囚という立場のままでは、この停滞した泥沼を抜け出す事は無理だよね。
もっと言ってしまえば、白裂の言う事を聞いていたら身体が保たない。紅穂侵略があってから、夜の寝付きが全く良くない。
心配事で頭がいっぱいで、安堵を覚えることはほぼ無かった。
或いは、蝋燭に点けられた火の揺らめきだけが、僅かな落ち着きを心に与えてくれる。
それより他に陽夏を癒すものはあまりなかった。
「抜け出しちまおうぜ。陽夏。」
唐突に、背後から声が聞こえた。
驚きの悲鳴とともに振り返ると、そこには黄金頭の青年が仁王立ちしていた。
三人とも集まっている。
「今夜。アタシはもう決めたわ。」
「まァ、何もしないよりかはいいかなァ。」
「私は…。」
正直言ってとても有難い誘いだった。
でも、そう簡単に事が運ぶものなの…?
夜勤の白裂兵が見廻っていることは、すぐに察しが付いた。
「分かってる。」
青年が言いながら肩を叩いた。
「俺が策を用意しないとでも思ったか。」
彼は柄にもなく几帳面で、計画的で、勉強熱心で、でもちょっとやんちゃな性格だった。
「俺に任せとけ。」
秋の滲んだ月に雲がかかった。




