囚われた者たち
紅穂城下、兵舎。
栗毛色の髪を半分纏めた少女、陽夏が、暮れゆく夕陽に目を細めた。
疲れたような表情で魔法を放っている。
おそらく治療を目的とした魔法だ。
爽やかな光が皮膚に触れると、忽ち裂傷が塞がった。
すると突然、陽夏が叫んだ。
「もおおおおお嫌ああああああああ。」
周りで同じ作業をしていた若い人たちの視線が驟雨のように陽夏に浴びせかけられた。
そればかりか、魔法をかけられている将兵らもまた、少女を見つめ始めた。
しかし、そんなこと、私は気にしない。
むしろ、都合が良かった。注目してくれれば、それだけ思いを訴えられる。
「もう飽きた!何よ。人を奴隷のように扱って。いい加減解放しなさい!」
「まァ、ちょっと疲れたよねェ。」
一人の細い少年が答えた。
「ったく。どいつもこいつも…。」
この青年はぎりぎり聞こえない声で文句を言っている。黄金の髪を刈り上げている割に、彼は衛生兵を目指していた。
「アタシも少し疲れたわ。だいたい、汚過ぎ。アンタたち風呂に入ってないの?……、な、なんだよ。」
この女の子は鮮美という名前で、私より少し年上のお姉さん。すごい派手で、気が強い。その所為もあってか、兵士と揉め事を起こすことが多かった。
水彦。
虎金丸。
鮮美。
みんな私の仲間だ。同じ師匠を仰いでここまで一緒に暮らしてきた。
でも、一人だけ足りない。玄焚という男の子が、どこかへ行ってしまった。
普通なら探しに行くはずなんだけど、私が回復魔法が使える所為で、捕囚として捕まっていた。
だから、探しに行けない日々がずっと続いていた。
師匠とも、もう何日も会っていない。
師匠なら玄焚の居場所が分かるはずなのになぁ。
いや、もしかしたら、師匠と玄焚は一緒にいるのかもしれない。
でも、だったら何で助けに来てくれないの?
一緒にいて何をしてるんだろう。私たちみたいに白裂の人たちに捕まってるのかな?
そんなことを茫然と考えながら杖を振る日々が、ただただ続いていた。
「もお、抜け出してやるわ!こんな見通しが立たない生活、嫌よ!そもそも、紅穂は今どうなってるの?何も情報が入ってこないじゃない。貴方達、何か知ってるんじゃないの?」
何度目ともつかない台詞を、先程、治癒させた兵士に投げかけた。
「うるせえ。知らねえよ。毎日どこだか分からねえ場所に連れてかれては」
と、そこで隣の男がおいおい、と声を掛けた。
いつもこれだ。
他言無用と言われているに違いない。
わ、悪りぃ。と罰が悪そうに兵士が顔を顰めた。
「いずれにせよ、お前たち紅穂の連中が知ることじゃない。せいぜい、回復に専念しろ。」
遠くで見てた白裂の将校が侮蔑的な目で言い放った。
金髪が、今にも殴りかかりそうな顔で何かと呟きながら、気付かれない程度に睨んで威嚇する。紅穂の民としては最もな態度だった。
鵙の甲高い鳴き声だけが夕暉の斜陽の中で虚しく響いた。
円かな紅い塊がやけにゆっくりと、しかし、確実に止まることなくあちら側の鵬程に隠れていく。後光のような赫灼たる茜が秋雲を紫に染めた。
程なくして、辺りは穏やかな宵の口が降り始めた。
将兵含めた人々の雑踏が、さっきまでの言い争いを忘れたかのように、或いは有耶無耶にして、家路を急ぐ。
夜道に掛かった燈明をぼんやりと見詰めたまま、私も帰路に着いた。




