黒の槍使い
城が落ちる瞬間というものは、あっけないものだ。炎はすぐに燃え広がる。
城からある程度離れた林道で、少年ーー玄焚はぼんやりと、戦火を見つめながら歩いていた。
歩きながら、事の成り行きを考える。
白裂の侵攻はあまりにも唐突であったからだ。
俺はあの白髪の王子が首謀者だと考えている。しかし、彼独りでここまで大規模な戦争を惹起したとは思えない。何せ、あの隣国ーー白裂の国王と我が紅穂国王は仲が良いと聞いている。すると必然、白王子がなんらかの援軍を得たと考えるのが妥当か。
俺が住んでいた城下町もいずれ、あの白裂の支配下に加わるだろう。
城下町には未だ俺の仲間が残っているはずだ。
師匠は将来紅穂軍に所属する予定の少年少女を育成していた。紅穂王から紅穂軍下の育成場を任されていた。その育成場というのが先程、彼らがいた紅穂城東棟である。
玄焚やその友だちはそこで師匠に軍の教えを教わっていた。
穂叢流剣術という剣術や人によっては銃術、医学、薬学、魔法……。
師匠は何でも知っていた。玄焚は知らないことは全て師匠に聴いていた。
そのたわいもないことを聞く時間が一番幸せだった。
城下町では共に過ごした仲間がいる。玄焚には仲間を残して科兎山へ行こうとする理由があった。
これが国家間の戦争であることが玄焚にも分かった。仲間がくれば、危ない目に遭うだろう。師匠を亡くした今、誰も失いたくはなかった。それが、生活を共にした仲間であるなら尚更だ。
だから、みんなに会うことなく、俺は科兎山に向かわなくてはならない。
紅穂が白裂に乗っ取られてしまったらすべて虚しいことだが、きっと俺の友人たちも生きているに違いない。捕虜にされているかもしれないが、あいつもきっと……。
「よお、玄焚、お前も逃げてきたんだろ?臆病者だもんな、お前。」
畦道を歩いていた私に声をかけるやつがいる。いつも城下町で聴いている声だった。
黒鐘 九狼……。こいつの名前だ。俺より年上で、俺よりずっと強い。しかし、『火柱』になる素質が見出されなかったばっかりに、師匠に破門にされた。それ以来、事あるごとに俺に突っかかってくる。結局、俺は九狼を厄介者として見ていた。一緒に生活していた中で一番付き合いにくい奴だ。
「逃げてなどいない。師匠に科兎山へ行けと言われたんだ。『火柱』の素質がない九狼に臆病者だとは言われたくないね。」
「なんだ、やろうってんのか?いいか、お前も『火柱』の本質は理解してないんだろ?だったら爺さんがなんて言おうが『素質なし』の俺と一緒じゃねえか。」
確かに、師匠には『火柱』とは何なのか、一切教えてもらえなかった。今までの剣術の修行で教わったのは、幾つかの剣技と精神論だけだ。師匠が発していた言葉も、殆どが曖昧模糊で俺にはまだ理解できないものも含まれていた。
そういう意味では、九狼の言ってることも強ち間違いではないのかもしれない。俺は『火柱』について何も理解していないし、そもそも『火柱』が何の名前なのか、現象なのか、生物なのか、それすら俺は師匠に教わってないのだ。
だが、知識の有無と素質の有無は話が別だろう。剣技を習ったことがない者もいずれ剣の達人になりうるに違いない。つまり、知らないからといって成れないわけではないのだ。
俺は毅然として反駁を加えた。
「一緒じゃないね。第一、『火柱』について知らないからといってその素質がないわけじゃない。完全に素質のない九狼とは違うんだ。」
「じゃあその素質とやらに助けてもらえよ、ほら、あいつ…。」
九狼が指差す方向には、哮り立つ牙獣が蹄を鳴らしていた。
科兎山付近の林道では、野生の獣に遭うことがよくある。この場合、囮として生肉を置いてそそくさと去るのが定石だ。
そう師匠から教わった。
しかし、今目の前にいる牙獣は途端に大牙を振り回し、二人に向けて突進してきた。




