『火柱』になる理由
九狼は頬を撫でる風の中で、静かに玄焚を諭した。
「お前も知っているだろう。『火柱』とは古くから紅穂に伝わる伝承だ。その実態は曖昧だが、少なからず恐ろしい存在を匂わせていることは確かだ。お前はたかが爺さんに言われたくらいで、そんな人々を脅かし兼ねない存在になるのか?」
玄焚は絶句した。
自分なりの理由もなく、ただ師匠の遺言を支えに『火柱』になろうとしていたからだ。
九狼の言葉はそんな玄焚を酷く苦しめた。
しかし、『火柱』が伝承によって恐ろしい存在と伝わっているのなら、師匠が玄焚へ遺した言葉の真意が曖昧なものとなってしまう。師匠は何のために『火柱』になれと言ったのか、真実は闇の中である。
しかし、師匠の真意が分からないにせよ、玄焚にとって師匠の遺言を疑う余地はなかった。むしろ、自分を親代わりに育ててくれた人物だからこそ、湧き出る信頼が玄焚を鼓舞した。
更に、何も玄焚が言われた師匠の遺言をそのまま鵜呑みにしているわけではなかった。
「紅穂の崩壊、白裂の侵略、魔獣の凶暴化……。」
「なに…?」
玄焚の意外な内容の呟きに九狼が僅かに驚愕した。
「確かに、考えるべきことはたくさんある。『火柱』がそれらに対する回答になり得るなら、俺は紅穂や白裂のみんなを守るために『火柱』になりたい。」
玄焚は紅穂を出立して以来、気にかけていたことを吐き出した。同時に、『火柱』の実態が分からないなりにその有用性を示したつもりだった。
「もちろん、『火柱』が必ずしも解決の手段になるとは限らない。詳細を知らないのだからな。」
九狼は静かに頷きながら玄焚の話を聞いている。否定するつもりはないようだった。
「まずは、穂叢流剣術を使い熟し、『火柱』について知らないといけない。」
「そうだな。」
「九狼、俺は師匠の遺言の達成だけを目的に『火柱』になろうとしているわけではない。この不安定な状況で師匠が最期に遺した言葉が『火柱』だったから、それを支えにしているのだ。周りの国や周りの人たちを差し置いて『火柱』になろうとしているわけじゃないんだ。むしろ、紅穂や今は妖しき白裂のために『火柱』になろうとしているんだ。だから協力してくれ。俺にできないことは多い。」
玄焚は内に秘めた想いを吐露した。
あくまで周りの人のために諸問題の解決策として『火柱』になるというつもりだった。
すると、九狼が緊張の面持ちを破り、笑みを浮かべた。
「協力するよ、玄焚。お前の意志を確認したかっただけだ。周りの人のために剣を握るのなら、これから何が現れようと、全力を出せよ。」
「そうだな。」
笑って頷く玄焚を太陽の光が照らした。




