人間の可能性
林道を生い茂る樹から落ちた一枚の葉が、一本の刃に真っ二つに裂かれた。
その刃は勢いを保ったまま、剣の峰めがけて振り下ろされた。ぶつかる槍と剣。二つの武器は同じ強度のように見える。
九狼が槍を引きながら口を開いた。
「穂叢家に伝わる剣術を使え。そうすれば、俺も槍術を使う。槍の宗家、霧嶋家に端を発する流派だ。」
本気を出せ、と言わんばかりに玄焚を挑発する。
九狼は「本気を出さなければ実力は伸びない」と考えていた。
人間は自分勝手に限界を決めてしまう。
自分にはこれくらいしかできない、彼奴はこの程度だ、そんな勘違いがひいては実力の抑制に繋がってしまう。
自分の可能性を疑わず、真心から未来を切り拓こうとした時、今までの自分を軽々と超える力を発せられるだろう。
それは他人にも言えること。
確かに、玄焚は『火柱』以前に一人前の戦士ですらない。牙獣一匹一人で倒せぬ軟弱者だ。
しかし、その玄焚を師匠の爺さんは見捨てなかった。俺は見捨てられたのに。
否、恨んではいない。もう、過ぎ去ったことだ。
それに俺は爺さんとは違う良い槍の師匠に拾われた。
今は槍使いとして世界を放浪したいと考えるのが楽しいのだ。
だから、玄焚を羨む気持ちは既にない。
しかし、玄焚の何が爺さんを活気づけたのか。
俺に見えぬ何かが玄焚にあるのか。
それをはっきりさせなければならない。
俺の可能性を疑わず、玄焚の可能性も疑わず、共に未来を目指す。
そのためには、玄焚の意志を確立させ、彼の奥に秘められたものを知るしかあるまい。
だから、玄焚、玄焚……。
「玄焚、全力を出せ。持てる力全てをぶつけてこい。」
玄焚は九狼の槍の刃を受け止めながら、眉間に力を入れた。
「仕方ないな。穂叢流剣術『焚き火』。」
『焚き火』…火の力で身体能力を上げ、玄焚の剣が九狼を襲った。
「まだだ。もっと本気を出せ。霧嶋流槍術『煽ち風』」
九狼の槍が湾曲を描いて一閃し、玄焚の剣を吹き煽った。
平衡感覚を崩す玄焚。
「生きるために剣を勇み奮え。でなければ『火柱』になる前に死ぬぞ。」
言葉とは裏腹に九狼の目は涙で霞んでいた。
玄焚は心を沸き立たせ身体の平衡を崩したまま身体を回転させた。
「今に見てろ。九狼を越えてやる。『漁り火』。」
玄焚の剣が炎に包まれる。玄焚は空中に舞ったまま、剣一つで九狼に斬りかかった。
「その意気だ。『暴風』。」
九狼の薙ぎ払った槍が風を纏って玄焚の火を纏う剣を静止した。
それを見て玄焚は大地に足をつく。脚力を使って九狼に接近した。
「玄焚、お前は何のために『火柱』になるんだ?」
「師匠の遺言だからだ。『燈し火』。」
再び玄焚の剣が炎上する。今度は『燈し火』の炎熱操作で剣から火を弾き飛ばし、九狼に燃え移らせた。
あくまで牽制、玄焚はここぞとばかりに剣戟を連ねた。
「俺を育ててくれた師匠の最期の言葉だからだ。」
「それだけか、玄焚。それじゃあ、ただの爺さんの御使いじゃないか。」
九狼は連撃を一つ一つ槍で去なし、最後には玄焚の下腹部を足蹴にした。
玄焚は勢いを失い、蹌踉めきながら後退った。
二人の間に距離が空く。
九狼は続けて槍を振らなかった。代わりに言葉の刃を振るう。
「そんな消極的な目的で『火柱』になるのか。たかが死んだ奴のために剣を振るうなら、やめてしまえ。」
「なんだと。九狼、貴様、よくも師匠を侮辱したな。」
玄焚は九狼に斬りかかった。
しかし、それを軽く避けながら九狼は告げた。
「終わりだよ、玄焚。生きるために、生きる人のために剣を振るわない奴を、俺は手伝わない。協力して欲しかったら、『火柱』になる理由をよくよく考えるんだな。」
玄焚と九狼は再び睨み合った。
熱を失った空間で、お互いを詮索する視線が交錯した。




