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灰燼に帰す  作者: 伊勢原エルザ
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緋い瞳孔

張り詰めてほとんど動きを見せない水面に、一粒の浮き球が、何の前触れもなく投げられた。浮き球には、一縷(いちる)の輝く糸が伸びていて、放物線を描くように長くしなやかな棒へと続いている。

浮き球は、どこまでも続く平面たる水面を、心地良い音を奏でながら破るや否や、綺麗な円形の波紋を作り出した。

しかし、風や鳥の鳴き声を除いて、その音に続くものは現れなかった。

ただ、波紋だけがその自然が奏でる沈黙の長さを測るように静かに(ひろ)がっていく。

音の無い空間が続けば続く程、その(まどか)な空間の境界たる流れもまた、止まることなく拡大を続けた。

次第に膨張していく静寂なる空間は、揺蕩(たゆた)う浮き球を中心に据え、これからまさに湖の外縁(がいえん)へと達しようとしていた。

()わば、静かなる空間のその最大限たる(ふち)が、拡がっていく波紋を確かに待ち受けているのだ。

そこへ急ぎもせず、遅れもしない波紋がゆったりと近付いてきた。

すると、突然、浮き球を操る竿を持った男が誰に向けたというわけでもなく、独り呟いた。

五月蝿(うるさ)いな。」

男の声は低く鈍く、そしてとても小さな声だ。

気候や動植物の営みは全く「五月蝿い」と表現されるものではなかった。

むしろ、それらの働きによって、平穏な山紫水明を描き出していたくらいだ。

いつの間にか、沈黙の限界を知った波紋も折り返して中心の浮き球へと向かい始めている。今まで歩んだ路程(ろてい)を今度は逆から帰っているのだ。

男は眉間に(しわ)を寄せ、浮き球をじっと睨んだ。その眼は燃える火よりも(あか)瞳孔(どうこう)を持っていた。

「これもまた、時代の変わる音か。」

過不足なく整えられた髭を触り、悩むような緋き瞳がただ一点を見詰めている。

そのまま、溜息(ためいき)()いた。

波紋は既にどこかへ行ってしまった。

浮き球が沈んだ。

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