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灰燼に帰す  作者: 伊勢原エルザ
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穂叢流剣術

数匹の鶏の鳴き声を聴きながら、しかし、実際には未だ覚醒しきってはいない様子を見せる少年がいた。

光り輝く太陽が少年に光を落とし、照らした。

少年はそれに呼応するかの如く、呻き声を上げた。

「玄焚、起きろ、稽古を付けるぞ。」

低く重い声が聞こえてくる。心なしか内容も重く聞こえた。

少年は身体を回転させて、岩の陰に隠れた。ここなら太陽が岩に隠れて眩しくない。そう思っているのだろう。しかし、同時に、もう一人の少年が丸まった身体を(したた)蹴爾(しゅくじ)にした。

「お前、昨夜言ったことを忘れたのか。」

「ち…違う。今日はいつもに増して眠いんだ…。」

「言語道断!」

長身痩躯の少年は剣を無造作に掴むと、今まさに二度寝しようとしている少年に投げ付けた。おそらく彼の物だろう。

(おもむろ)に剣の柄を持ったかと思えば、(ようや)く、剣を支えに立ち上がった。始終、ずっと目を擦っている。

「漸く起きたか、約束通り剣術の修練をするぞ。」

無論、言葉など聞こえてこない。

ただ、ぼんやりと、彼の剣を構えた。

何を考えているのかーー(ある)いは、何も考えてないのかーー分からない様子のまま、だらしない格好で剣を構えている。

その様子を静かに凝視する小動物がいた。

顔は栗鼠(リス)のようで、体は白鼻芯(はくびしん)のように長い。しかし、どこか上品さや優雅な雰囲気を漂わせている。少し見ただけでも、野生の動物ではない、(しつ)けられた気配を感じさせる。

小さな珠玉(しゅぎょく)のような目で、じっくりと見詰めた。(しばら)く見詰めた後、眼光に一緒の迷いが出た。すると、突然、一際小さな(くび)(かたむ)けた。判断に躊躇(ためら)っているとも見える。そのまま、石になったように、長い間動かなくなった。

さて、先程の少年二人は眠気も覚め、本格的に剣技を磨いていた。向かい合って、何か叫んでいる。

「玄焚、覚えている剣技だけでいい。俺に向けて放ってみろ。爺さんに教わったんだろう?」

「分かった。じゃあ……。」

玄焚と呼ばれた少年はそっと目を閉じて呟いた。

穂叢(ほむら)流剣術 『(いさり)り火』。」

玄焚が剣を振るうと、どこからともなく業火が現れその軌跡を追った。動物の尻尾が(ひるがえ)るように、(なめ)らかな流動だ。火の尾が剣身に追いつくと同時に、ゆっくりと消えた。

もう一人の少年に放つことはなかったが、技の完成度はまぁまぁだ。磨けば光ることは言うまでもなかった。

「九狼、まだ、あと二つあるんだけど、使うか?」

九狼と呼ばれた長身痩躯の少年が答える。

「ああ、見せてくれ。」

それを合図に玄焚は剣の柄を握り締めた。

「穂叢流剣術 『()き火』。」

前回に打って変わり、今回は何も変化はなかった。しかし、あくまでそれは見た目の変化のみ現れない様子だ。

(しばら)くした後、長身痩躯が声を上げた。

「何だこれは。力……いや、気力か、身体の底から元気が溢れてくるぜ。」

「これは身体能力向上の技だ。思い描いた人物の基礎体力とか気力を底上げするんだ。上手いやつになると、離れていても効果を発揮するらしいぞ。」

九狼が満足そうに笑う。

「なるほど、これは使えるな。今度、戦闘になったらこれを使ってみろ。」

どうやらお気に召したらしい。ひどく元気に玄焚の肩を叩いた。玄焚は怪訝(けげん)な顔をしつつも三つ目の剣技を発動した。

「穂叢流剣術 『(とも)し火』。」

辺りが暖かくなり、さらには明るくなった。

よく見ると玄焚の剣が燃えている。しかし、身を焦がす熱は感じられなかった。

「これはいろいろな効果がある。基本的には、見た通りの照明効果。その場を明るくする。付随(ふずい)する武具へ火炎を(まと)わせる効果、さらには、敵味方を識別し、その炎熱の及ぶ範囲を決定できるみたいだ。」

玄焚は師匠の受け売りのような説明を自慢げに言った。

照明など戦闘意外にも汎用性の見られる技であり、同時に戦闘においても玄焚の火の影響の及ぶ範囲を変えられるらしい。使い方次第では相手の火すら反射したり反発する事のできそうな技だった。

それを見て九狼は満足げな様子で笑った。

「それじゃあ、実戦と行こうか。」

一転して気取った表情に切り替えると同時にお得意の槍の刃を玄焚に向けて構えた。

「俺は牙獣の時のような遅れは取らない。」

相対する玄焚も腰を低く落とし、九狼を睨んだ。

ゆっくりと風が吹いて木の枝を飛ばす。その音だけがやけに五月蝿(うるさ)く聴こえた。

風の中で九狼は槍の先端を微塵も動かさず、構えている。

玄焚はただゆっくりと深呼吸をしていた。

お互い睨み合って動く素振りを見せない。

聴こえるのはただ、風が吹き去る音だけである。

ふと、その風に向かって一匹の鳥が飛び立った。(したた)か羽根を羽ばたかせながら空の彼方へ消えていった。

それを合図にするかのように九狼が玄焚に飛び付いた。

玄焚が剣を(ふる)って迎え撃った。

林道の途中で一本の槍と一本の剣が交差した。

いつの間にか、先程見ていた小動物もどこかへ消えてしまっていた。

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