終焉と創始
草花は燃え、樹木は倒された。家は潰され、城は落とされた。
夏が深まり虫の声が聞こえてくる頃、我が国紅穂は隣国である白裂に突如として軍を送られた。永く友好的な関係維持に努めていた紅穂にとって、白裂の軍勢は国の存続を一瞬で揺るがすものであった。
隣の国である青の国も遥か遠くの黒の国も援軍を送ってはくれなかった。
それもそのはず。紅穂は白裂との繋がりが深く、その他の国との干渉は今まであまりなかったのだ。
そんな絶体絶命の状況下で紅穂の体制は大きく崩された。
現に、紅穂城や城下町にあっという間に火の手が上がった。
城下町が火に包まれるとともに、住人は慌てふためき、混乱を招いた。紅穂に住まう者たちにとって、戦火に包まれるような前兆はなかったからだ。
白裂軍が紅穂周辺の街道を閉鎖するまで、先程の青や黒の国へ逃げ込もうとする人たちがちらほら見えた。
一方で、戦火の煙に巻かれつつも戦おうとする勇敢な国民もいた。紅穂はそういった国と民との隔たりが薄く、みな思いやりのある者ばかりなのだろう。
その中の一人とも言える少年が城の防衛に向かった。
城の傍に伸びる硝煙の臭う回廊を少年は師匠を助けるため汗を振り撒き駆けていた。
まだ戦士として半人前にもならぬ幼き男の子、名を玄焚と言う。
玄焚はかつて孤児であった。紅穂の街の端に捨てられていたところを師匠が拾ったらしい。その後、師匠は彼の門下生と共に玄焚を手塩に掛けて育てた。まさに親代わりだ。その師匠が白裂の剣士に襲われているとの知らせが届いたのだ。
玄焚はその知らせを聞くや否や愛用の剣を片手に飛び出した。
目指すは師匠の住んでいる城の東の棟。
そこへ続く火に包まれた回廊を駆けている少年こそが玄焚なのだ。
急がねば。
間に合ってくれ…。
息を切らせながら、出せる最高速度で走っているが、遠くに見える扉が揺らめきながら俺を嗤っている。
漸く近づいてきた燃えかけの扉は木の板で封じられていた。
「師匠…!大丈夫ですか!」
「待て、来るな!」
「師匠、今助けます!」
俺は堅く閉じられた扉を手に持っていた剣で破壊した。
俺の師匠である老爺は、まだ白くなっていない口髭を震わせていた。
見ると、血塗れの手をこちらに向けている。
「…っな……!?」
今まさに、鉄剣が老爺の肉体を貫いたところだった。伸ばされた手が、なにかを掴むことなくしなりと曲がった。
「爺。貴方の『火種』は僕がいただく。『火柱』は白裂のために使わせてもらうよ。」
白裂の剣士であるはずの白髪の男が嗤う。しかし、彼は単なる剣士ではなかった。白裂津雲。紅穂を襲った白裂の王子だ。代々白裂を治める白裂家の特徴である白き月のような髪色を見る限り間違いない。
つまり、彼が今回の侵略の主犯格だと言っても過言ではないだろう。或いは、白裂王の遣いかも知れない。
王子は血を滴らせた剣を鞘に戻さず、もう片方の手で老爺の大剣を奪った。そのまま、機敏な動きで割れた窓に足を掛けた。
「よせ、お前に…、心の『火種』無き者に、それは使えぬ…。」
掠れ声は虚しく木霊し、白い王子は跳び去った。
「師匠!衛生兵を呼んできます。それまでどうか」
「よせ、儂はもう助からん。だが、玄焚、お主に渡すものがある。本物の『火種』はこの短刀だ。あの大剣は偽物だ。儂が情報を撹乱した。」
言いながら師匠は口から血を吐いた。
「いいか、心の『火種』を持つお主なら、本物の『火柱』になることができる。赤ん坊の頃から儂が育てたのだ。きっと儂にはできなかったことがお主にはできる。分かったか玄焚!」
「師匠、俺にそんなことできるでしょうか。師匠すら守れなかったのですよ。」
「玄焚!お主さえ生きていれば儂はそれで良い。お主は気付かぬかもしれんが、お主の運命は周りをも巻き込み始めてるのだぞ…!周りの支えてくれる者たちの存在に気付けば、お主はもっと強くなれる。忘れるな。」
師匠は『火種』とやらの短刀を俺に渡してきた。
震え、血に濡れた手で短刀を握らせてくる。まるで、師匠の血を受け継ぐように短刀は臙脂色に輝いていた。
「今すぐこの国を抜け出して科兎山へ向かうのだ。ちょうど三合目の看板の裏に小屋がある。そこを訪れるのだ、いいか、必ずだ。」
師匠が言い終わると、俺の答えを聞かないまま、師匠は目を閉じた。
それが合図であるかのように、親のいない俺を育てた、皺々の手がゆっくりと垂れ下がった。




