打ち上がりたくない花火ちゃん
むかしむかしあるところに、とても怖がりで、おくびょうな花火がいました。
おくびょうな花火ちゃんは、他の花火と比べてもひと回り体が小さくて、いつも火薬の匂いをさけて、はじっこの方で縮こまってばかりいました。
みなさん知っての通り、毎年夏になると、花火大会があります。
花火たちはそれまでに、花火畑に植えられ、土の中で水を浴び、やがて芽が出ると太陽の光をたっぷりと体に集めて、大きな花火へと成長するのです。大切に育てられるうちに、線香花火になる子もいれば、ネズミ花火になる子もいます。小さな花火ちゃんは、大切に育てられ、打ち上げ花火になりました。花火大会で打ち上げられることは、花火たちにとって大きな夢であり、また大変な”ほまれ”でした。
だけどこの小さな小さな花火ちゃんは、打ち上げられるのを想像しただけで、もう嫌で嫌でたまりませんでした。
「だって、あんな高ぁいところにまで行って、体じゅうバラッバラにされるなんて!」
花火ちゃんは目に涙を浮かべ体を震わせました。
それが花火の運命とは言え……こんなに怖いことがあるでしょうか?
打ち上がるのも怖い。
爆発するのも怖い。
そのまま夜の闇へと溶けて、なくなってしまうなんて、もっと怖い!
「それに……私、こんなに小さな花火だもの。きっと打ち上がっても、誰も見てくれないわ。火の色だって地味だし……」
そう言って花火ちゃんはため息をつきました。彼女にとって、花火大会は怖いものだらけだったのです。
友達の花火たちは、そんな怖がりな花火ちゃんを見てからかって笑いました。
「俺なんて、今年いっちばん高いところにまで打ち上がるつもりさ!」
「色とりどりの、きれ〜いな光で夜空に花を咲かせるのよ。こんなロマンチックなこと、私たち花火にしかできないわ」
「別に一瞬で消えてなくなるワケじゃないよ。見てる人には、それが一生忘れられない思い出になったりするんだぜ……」
ロケット花火くんやこよりちゃんが時にははげましたり、なぐさめてくれましたが、だけどやっぱり小さな花火ちゃんはずっとふさぎ込んだままでした。
「私は、打ち上げ花火に生まれるには早すぎたんだわ。あぁ神様、今からでも良いから野原のたんぽぽにでも生まれ変わらせてくれないかしら」
星空を見上げ、小さな花火ちゃんはひそかにそう願いましたが、だけど答えるものは誰もいませんでした。
そうしているうちに冬を越し、春が過ぎて、とうとう花火ちゃんの住む村にも夏がやってきました。
「た〜まや〜!」
夜になり、どこからともなく楽しげな声が響きわたります。小さな花火ちゃんがこっそり倉庫からのぞいてみると、河川敷にはおおぜいの人が集まっていました。浴衣にうちわ、金魚が入ったビニール袋をぶら下げて……花火が打ち上げるのを、みんな今か今かとまちのぞんでいます。
「た〜まや〜!」
やがてひときわ大きなかけ声といっしょに、最初の打ち上げ花火が夜空にパッと花咲きました。
大きな、月まで届きそうなくらい大きな一発目は、ドーンと夜の暗がりを揺らして、辺り一面を明るく照らしました。みんな大喜びです。やがて一発目は、細かな星のつぶになってゆらゆらと川面へと落ちて行きました。
「か〜ぎや〜!!」
続いて二発目は、滝のように細長い花火でした。赤青黄色、色あざやかな光のシャワーが天からふりそそぎます。大歓声がそこらじゅうでわきおこりました。それから三発、四発……千輪菊、牡丹、万華鏡、風車、くらげ、UFO、うさぎ……花火が夜空で咲きほこるたび、おーっとか、わーっとか、うれしそうな声があちこちではじけました。
その様子を、倉庫の中からこっそり見ていた小さな花火ちゃんは、今にも泣き出しそうになって震えてしまいました。
「あぁ……やっぱりダメだわ!」
「あんなに大きくて、きれいで、面白くて……すごい花火ばっかり!」
「あんなすごいの見たあとに、こんな小さな私なんかがのこのこ出て行っても、きっとみんながっかりしちゃうわ!」
打ち上がるのも怖かったですが、何より見ている人たちをがっかりさせてしまうのは、もっと怖い気がしました。せっかくみんな盛り上がってるのに、私なんかが邪魔をして、ため息ばかりになってしまったら……考えただけで体がブルブル震えてしまいました。
花火ちゃんは決して打ち上がらないよう、倉庫から絶対に出ないよう心に決めました。その間にも花火は続き、かむろ、やなぎ、ハート、花雷、蜂……。
最後に睡蓮の大きな花が凛々しく夜空に咲き誇り、今日一番の大歓声がわきおこりました。花火大会は、大成功におわったのです。
「今年の花火もすごかったねえ」
「とってもきれいだった。見にきて良かったなぁ」
「私、かんどうしちゃったわ」
ぞろぞろと、家に帰る人の足音を聞きながら、小さな花火ちゃんはがっくりと肩を落としました。
「あぁ……やっぱり、ダメだったわ……」
やっぱり、勇気が出なかった。打ち上げ花火なんだから、夜空に咲きほこってなきゃいけないのに。やっぱり私じゃ……。
その時でした。
「おじちゃん!」
急に倉庫の外がさわがしくなりました。一体どうしたんだろう? もう花火大会は終わったのに……花火ちゃんがのぞき見ると、そこには浴衣姿の、小さな女の子が息を切らして立っていました。5〜6歳くらいでしょうか、おかっぱ頭で、金魚模様の浴衣を着た、かわいらしい女の子です。
「もう、花火終わったの!?」
きっとここまで走ってきたのでしょう。ゼエゼエと息を荒くしながら、女の子は泣き出しそうな声でそう言いました。花火ちゃんは息をひそめてその様子を見つめていました。倉庫の外にいた、花火職人のおじさんが申し訳なさそうに答える声がしました。
「ごめんよ。今年はもう、全部打ち上げちゃったんだ」
「そんなぁ……」
女の子はがっくりと肩を落としました。すると、今度はその女の子の後ろから、おばあちゃんが駆け寄って来ました。
「コリャ、楓ちゃん! わがまま言っちゃいかん!」
「だってぇ……」
きっとその子の家族なんでしょう。おばあちゃんに叱られ、女の子はシュンとなりました。
「こんな真夜中に……ほんにすいません」
「でも、バスが遅れて、さっき着いたんだもん!」
「来年があるでしょう。来年まで待ち」
「でも……来年じゃ間に合わんもん。弟だって、生きてるか分からんし……」
聞くと、その女の子の弟は病気でずっと寝たきりで、お医者さんの話だと、あと何年生きられるかも分からない……とのことでした。今夜は生まれて初めての花火を楽しみにしていたけれど、バスが遅れ、あいにく間に合いませんでした。今ではおばあちゃんの家の二階で、横になって星を眺めているそうです。女の子の頬をおばあちゃんがパン! と叩きました。
「滅多なこと言うもんじゃないッ!」
「うわぁ〜ん……!」
おばあちゃんに大声で怒られて、女の子はとうとう泣き出してしまいました。ポロポロと涙を流す女の子の手を引いて、おばあちゃんは何度も何度も頭を下げて帰って行きました。花火職人のおじさんたちは、その様子を困ったように見守っていました。
「かわいそうだが……もう今年の分は終わっちゃたしなあ」
その瞬間、花火ちゃんは思わず倉庫を飛び出していました。
どうしてでしょう? 花火ちゃんにも分かりません。絶対に出ないと心に決めていたのに。花火ちゃんは自分でもびっくりしました。ただ、女の子の話を聞いて、そのままではいられなかったのです。
「あれ? こんなところに花火が残ってるぞ?」
花火職人さんたちが、飛び出して来た花火ちゃんに気がついて目を丸くしました。
「少し小さいが……」
「構うもんか。花火は花火だ」
「おぉい! ちょっと待ってくれえ! 花火があったよう!」
それから急いで花火職人たちが、小さな花火ちゃんを打ち上げ台まで運びました。花火ちゃんは、職人さんたちの手の中で、まだ正直震えていました。やっぱり、怖いものは怖い。だけど、勇気は出せた。
怖いから勇気が出せないんじゃない。
怖くても勇気は出せるんだ。
そう思うと、少し震えが止まって来ました。
「発射準備よし……」
遠くから近くから、大きなかけ声が聞こえて来ます。さあいざ夜空へ、花火ちゃん。
あの女の子は、弟くんはちゃんと見ていてくれるかしら。それは分かりません。だけどその夜、雲ひとつない夜空には、小さくてきれいなタンポポの花が、みごとに咲いたとのことでした。おしまい。