居酒屋ごっこ
はやくまた旅行に行けるようになりますように。
思わず鼻歌のひとつも出るってもんだ。
半年に一度のお楽しみ。
普段は安い缶チューハイやワンカップでしのぎながらも、半年に一度はちょっといいお酒をまとめ買いする、というのがここ数年の私のルーティーン。
好みの日本酒をがっつり買ってもよし、変わり種の果実酒や梅酒も博打のようで楽しい。
そうそう。
たまたま駅前のバーで飲んでハマり、いつか自分でも買おうと思っていた有名どころのどぶろくもネットで見つけてある。
酒とつまみの食べ合わせを〝マリアージュ〟なんて言い方をしたりするが、どうせならお酒と同じところの特産品をつまみにする、というのも粋ではないだろうか。
少女マンガでありがちな、幼馴染カップル的な感じで。
何年か前に通りがかりの物産展で買った、新潟の美味い厚揚げを思い出す。
チーズと納豆がこれでもかと詰まったそれをしっかり味わった数日後に、いただきもので新潟の酒を手に入れ、どうせなら一緒に食べればよかった、と後悔したものだ。
「よし、こんなものかな」
日本酒を数本とどぶろく、それから果実酒。
それからつまみになるご当地モノのおかずを酒に合わせて数種類、カートに入れて決済する。
今日は月曜日だから、多少遅延したところで遅くても今週中には自宅に届くだろう。
全国各地のうまいものを、こんなにも簡単に手に入れられるこの時代に生まれて本当に良かった。
インターネットさんありがとう。
「よっしゃ、月末の連休で飲むぞぉ」
最初に飲む予定は日本酒。
吟醸造りだという東北生まれのその酒のレビューには〝刺身に合う〟とあった。
仕事終わりにスーパーに寄れば、運がよければ見切り品の刺身が手に入るだろう。
「マグロかサーモンか……どっちも捨てがたい」
まだ月初めにも関わらずついうっかり皮算用してしまいながら、今日の夕食はとりあえず冷蔵庫に残っていた納豆とピザ用チーズで納豆チーズご飯にした。
「というわけでレッツ連休前ー!」
うぇーい、とひとり、よくわからないノリで台所に立つ。
とっておきの日本酒はほどよく冷蔵庫で冷えており、通販で買った玉こんにゃくはすでに小鉢に盛られ、あとは電子レンジに放り込むだけ。
刺身はなんとか、マグロが少し買えた。閉店間際まで放置されたために色はあまりよくないが、どうせ今日食べてしまうので構わない。
「もうちょっとナニか食べたいな……」
とりあえず冷蔵庫のチルド室を見てみる。
昨日使ったピザ用チーズの残り、それからベビーチーズ、クリームチーズ、スライスチーズ……
「チーズばっかかよ」
好きなのでつい買い置きしているせいか、チルド室はチーズまみれだった。
ちなみに調味料棚には粉チーズもある。
チーズ自体はともかく、それだけなのもどうかと思い冷凍庫を漁ったら、使いかけの餃子の皮が出てきた。
ざっと数えてみたが、砕けてしまっているものを取り除いても、五、六枚は残ってそう。
丸のまま残っているものはこのまま解凍して、ピザ用チーズと少量のケチャップを乗せてミニピザに。
チューブのバジルがあればマルゲリータ風になって見栄えもいいだろうが、そこは野菜室に残っているピーマンで妥協。
ウィンナーは昨日の弁当で使いきってしまったし、他にナニかトッピング出来るものはないか、と思案する。
「んー、ロースハム……ツナ缶……あ」
いっそ粉々になってしまった皮でもトッピングしようか、と思ったところで思い出した。
そういえば、いいものがある。
私は冷蔵庫の横に無造作に置いてある、ペットボトルジュースの段ボールにおもむろに手を突っ込んだ。
日持ちしないものや賞味期限のわからない個包装菓子は別として、職場でもらったおやつや衝動買いしたお菓子は、たいがいここに放り込んである。
キモチ程度に賞味期限が近いものが上になるようにマメに入れ替えられているそれの奥の方に、確かアレがまだあったはず。
「おお、いたいた」
クリスマスに自分へのご褒美で箱買いしたおつまみ用のミニサラミ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、それをざくざくと斜め切りにする。
それをちょいちょいと、餃子の皮に乗せると、チーズの黄色とケチャップの赤、サラミの肉感とピーマンの緑で、見た目はかなりピザっぽい。
それらをフライパンの上に並べ、中火ぐらいでじわじわと熱を通す。
合間に、今回の主役たる玉こんにゃくを電子レンジに放り込む。
「いいや先に飲んじゃえ」
加熱されてぷっくり膨らんでいく餃子の皮ととろけていくチーズをぼんやり眺めながら、とっときのグラスに酒を注ぐ。
山形のちょっと良い酒。
あまり詳しいことはわからないが、とりあえず美味い。
やや辛口、とは言うが、わりと甘めで飲みやすい……気がする。
「あ、忘れてた」
酔いが進む前に、大きめのグラスにやわらぎ水を用意する。
日本酒を飲むときの必須アイテム。
これがあるかどうかで、翌日のすっきり感が全然違う。
そうこうしてる間に、レンジが加熱終了のメロディを奏でる。
そういえば最近のレンジは「チン」て言わないな、とかしょうもないことを考えながら、あつあつになった玉こんにゃくを取り出す。
ミニピザもチーズがとろけて、そろそろ頃合い。
ざっ、と適当に皿に盛り、位置を軽く整えてからこんにゃくと一緒に食卓テーブルに出す。
あとは箸。
さてここからはタイムトライアル。
いかにアツアツのうちに、かつ火傷しない程度に口に放り込むか。
刺身も一緒に冷凍庫から出す。こちらはイイ感じに冷えている。
醤油と醤油皿はすでにセッティング済み。
台所に置き去りのグラスをふたつ、両手に持ってテーブルへ。
行儀が悪いとわかっていながら、中腰で酒を流し込む。
座るとほぼ同時に水のグラスを置き、流れるような動作で箸を持ち、ふぅふぅしてからこんにゃくに齧りつく。
「あっつぁ!」
グラスに酒が入ってなくてよかった。
やわらぎ水は派手にこぼれたが、酒は飲み干していたので無事だった。
ふきんと酒瓶、水差しを持ってきて、あらためて席につく。
こぼした水はよく拭いて、それぞれのグラスにおかわりと水を注ぎ、今度は慎重にこんにゃくに箸をつける。
先ほどよりも念入りにふぅふぅし、おっかなびっくり口に入れると、素朴な醤油の香りがふんわりと辺りをたゆたった。
おもむろに酒をぐいっとあおる。
しょっぱめのこんにゃくと甘めのお酒。幼馴染カップルはどこか遠慮がちだが、間違いなく〝合う〟と感じる。
「じゃ刺身もちょい、と」
マグロの端にほんの少しだけ醤油をつけ、ぱくりとやる。
色はあまりよくないが充分充分。
そして酒を、飲んだ、ところで、私は思わずカッと目を見開いた。
……これは祭りだ。
脳内で華やかな笠を被った女の子たちが、たおやかに踊る。
笠に飾られた赤い花はマグロの赤身のように鮮やか。
やっしょーまかしょ。
さくらんぼ柄の着物を着たきぐるみが、にっこりと笑いかけてきた。
まださほど飲んでいないつもりだったが、少しだけ酔ってきたのかも。
だが悪い気分ではない。
少なくとも、これから先に起こる年度末のバタバタを「どうにかなるさ」と思えるくらいには。
「さーて、しっかり飲んでしっかり食べて。連休明けもお仕事がんばるぞーっと!」
夜はまだまだこれからだ。
おれ…この話を無事に休載なく12回連載出来たら、新しい連載するんだ……(フラグを立てるな)
次回の更新予定は3/25です。