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ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
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黒歴史とマシュマロ

ほんのすこしだけ後ろ向きな話。

 ……これはちょっとマズイな。


 私は帰宅して早々、寝室の毛布をぐるりと身体に巻きつけた。

 外気ですっかり冷たくなったコートは未だ脱げないでいる。

 まあ、うちだけじゃないだけまだマシか。

 街灯がことごとく消えた屋外は雪明かりでほんのりと明るかったが、数枚の扉を隔てた我が家は日中にカーテンを閉め切っていたこともあり、真っ暗だ。

 目はそのうち慣れるだろうが、凍えて帰ってきたこの身にこの室温はちょっと辛い。

 思わずついたため息が、ほうっと白く浮かび上がる。

 念のためブレーカーは落としておいた。

 靴下越しにフローリングの固い感触が足の裏に伝わる。

 確かその辺に、毛糸の靴下が落ちていたはず。

 スマフォのライトを頼りにそれを見つけ、装備する。

 毎朝フル充電で出勤しているので、無駄に動画とか見たりしなければあと一日ぐらいは保つだろうが、いつ復旧するかわからない以上、あまり無駄遣いするのは得策ではない。

 電池消費の激しいライトは消し、手探りで居間を物色する。

 暗闇にもだいぶ目が慣れてきた。


 とりあえず、ごはんだ。


 とは言っても、あまり冷蔵庫は開けたくない。

 炊飯器には、炊飯予約をしたものの電気の供給がないためにただただ吸水されただけの生米が入っている。

 水は出る。

 ガスも……大丈夫そう。

 となれば、フライパンで米を炊くくらいは出来そうだ。


 炊飯器に入っていた生米と水を、そのまままとめてフライパンにぶち込む。

 カマドでの米の炊き方ってどうやるんだっけ。

 なんかこう、ことわざみたいなのなかったっけ。

 目を細めながらよろよろと本棚に向かう。

 確か、昔から持ってるレシピ本のどこかに書いていたような気がする。

 フライパンで米を炊く方法も。

 背表紙を辿っている最中に、ぽん、とひらめいた。


 そう、初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いてもフタ取るな、だ。


 米の入ったフライパンのフタを閉め、火を付ける。

 よーするに弱火で沸騰させて、沸騰したら強火にして、20分くらいしたら蒸らせ、ってことだろう、たぶん。


 沸騰を待つ間、戸棚を漁りながらおかずを探す。

 スマフォは電池の残量が怖いので、非常用に置いてあった懐中電灯で戸棚の奥まで照らす。

 見た目はダサいが、ラジオもついてる優秀な奴。

「お、松前漬け発見」

 松前漬けとは、北海道の郷土料理である。

 ちょっといいやつは数の子が入っていたりもするが、要するにするめと昆布の甘醤油漬けだ。

 酒にも米にも合うので、個人的にはけっこう好きなおかずだったりする。

「うーん、どうせなら美味い酒とキュッとやりたいけど……」

 とりあえず保留。

 引き続き、戸棚の探索を開始する。

 買い置きのツナ缶はもちろん、ホールコーン、各種麺類、レトルトカレーもあった。

 とはいえどれもピンとこない。


 そうこうしているうちに、フライパンがぼごぉっと悪魔のような音を立てた。

 火を強める。

 経験上、パスタをゆでるときもフライパンでやると吹きこぼれない。

 おそらく米でも一緒だろう。

 腕時計でなんとなくの開始時間を確認し、再び戸棚に目を向ける。

 ツナとコーンで混ぜご飯か……いや、手っ取り早くレトルトカレーでもいい。

 その気になれば、ツナやコーン以外にもいくつかの缶詰がここには収まっている。

 レトルトもカレーだけではない。

 災害時のなんたらロンダリングとやらで、古いものから食べていくのもありだ。

 そうこう悩んでいるうちに、二十分が経過した。

 フライパンのガラスブタはぼっこぼこと沸いた泡のようなもので真っ白になっており、台所中にめちゃくちゃにいいにおいが漂っている。

 普段は炊飯器に頼りがちなのでフライパン炊飯は初めてだったが、いい感じに炊けていそうだ。


 そういえば昔、課外実習かなにかで飯ごう炊さんをした記憶がある。

 平面のそらまめみたいな形の、黒いあの容器の中ではこんな風になっていたのか。

「えーとフタ取るな、だからこのまま火を止めてしばらく蒸らす……と」

 学生時代のことはほとんど覚えていない。

 それでも部屋に漂う、かすかに香ばしいような白飯の匂いに、嫌でも昔の記憶が蘇る。

 キュッ、と体育館の床を滑る、ゴムの靴底。

 私服としては絶対に着たくない、クソみたいな色とデザインのジャージ。

 ラジカセから流れる、授業でさんざん聞かされた音楽。

 まるで小説に出てくる口うるさいメイド長みたいな、高圧的な体育教師。

 音楽に合わせ、自分のものと同じスニーカーが、目の前に立つ。

 自分のよりもだいぶ大きい。

 

 ああ、ダメだダメだ思い出すな。

 

 頭を振って、頭によぎっていた記憶を無理やり打ち消す。

 すっかり大人しくなったフライパンのフタを取り、炊けたご飯にしゃもじを通す。

 底の方は、かすかに茶色く焦げている。

 手を濡らし、小皿に入れた塩をまとわせ、そのまま炊けたばかりの米を握る。

「あっつ……」

 そのまま無心で米を握り続ける。

 おかかくらい用意すればよかった、と思ったころには、炊いた米はすでに全て握ってしまっていた。

 せめてもの彩りに、と、おやつ代わりにその辺に放置していた味付けのりを貼り、そのまま頬張る。


 嫌なことを思い出してしまったためだろうか。なんだかいつもより美味しくない。

 食べきれなかったおにぎりはそのままラップに包む。

 そのまま明日の朝か昼ご飯にでもするつもりだが、別に冷蔵庫に入れなくても大丈夫だろう。

 火の気が一切ない今、下手すると部屋の中は冷蔵庫より寒い。

 やかんで少量の湯を沸かし、ストックしてあったインスタントのスープを作る。

 落ち込んだときはあったかいものが一番。

「あ、そういえばアレ……」

 おやつストックの中に紛れていたそれは、同じ職場の同僚にもらったもの。

 よくよく探してみたら、三つほど同じものが出てきた。

 『昔からこれ好きなんですよね』と、仕事の合間に何度か手渡されたそれは、中にチョコレートが入ったマシュマロ。

 スーパーの駄菓子コーナーで見かけるそれは、自分ではあまり買うことはない。

 開封したそれに竹ぐしを刺し、やかんをどかしたコンロで炙る。

 慎重に近づけていったたつもりだったが、案の定炎上した。

 慌てて火から離す。

 多少焦げはしたものの、食べられないほどではないだろう。

 ぱくり、とそのまま口に放り込む。

 表面こそ黒く焦げついてはいるものの、その舌でとろりととろけたそれは苦味よりも甘さの方が勝っている。

 柔らかく、ほのかに温かい。

「……そっか、焼いたマシュマロってこんな味だったんだ」

 二つ目のマシュマロは、少しだけしょっぱかった。


【悲報】あらかじめいくつかストックしておいたネタが切れました。(早い)


次回の更新予定は2/25です。

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