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ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
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呪物にしたいわけじゃない(後編)

というわけで実食します。

 さて、我が家でつまみのカルパスを食べてすくすくと育っている五匹のザリガニであったが。

「……鍋使えないの不便だな」

 

 とまぁけっこう単純な理由で、命の危機に扮していた。


 なにせ片手鍋と両手鍋がダブルでザリガニの住みかとなっているのだ。

 フライパンがまだあるとはいえ、さすがにそれだけでは使い勝手が悪い。


 そもそも、鍋はザリガニの長期的な飼育に向く環境ではない。

 それ以前に、鍋はザリガニを飼うための入れ物ではない。


「……ゆでるか?」


 そう思ったのが、飼い始めて数週間ほど経った今朝のこと。

 帰宅後に、どれ一度ボウルに移して鍋洗うかーと、ザリガニたちの様子を見た私は、思わず悲鳴をあげた。

「塩ゆでぇぇぇぇ!」


 ちなみにザリガニの名前である。

 小柄だからと、小さめの片手鍋に入れていた塩ゆで。

 

 何故か増えていた。


「なんで増え……あ、違うな」

 脱皮だ。

 半透明の塩ゆでと、青みがかった塩ゆでが二体。

 

 ただし……その身体はぶよぶよと柔らかいまま、ぷかりと無様に鍋の中に浮かんでいる。

「脱皮失敗、ってやつかな」


 生臭い匂いが立ち込める小さな鍋の中。

 今やぴくりとも動かないそれは、今朝までは命だったものだ。

 少しでも大きくなろうとあがいた、ひとつの男(か女かは知らんが)の魂がそこにあった。


「……さすがにこの状態じゃ食えないな」


 とはいえ、しんみりしている場合ではない。

 残った四匹をゆでるのに、取り急ぎ鍋が必要だからだ。


 お亡くなりになった塩ゆでは、脱皮した殻ごと外に埋葬した。

「次はもっと大きくなれよ」


 一応、形だけとはいえ手は合わせておく。

 そもそも大きくなれなかったのはおそらく私のせいであることは、とりあえず棚にあげる。

「水面の高さ、ちょっと足りなかったっぽいからね」

 昨日までの、水面からちょっとだけ背中が飛び出していた塩ゆでを思い出しながら思う。

 

 というわけで、ザリガニの塩ゆでがいないのにザリガニを塩ゆでにするとはこれいかに。

 

 ……なんてね。


「塩と水はたっぷりめ……っと」

 残りのザリガニたちを入れた鍋に、塩を放つ。

 びくり、とザリらが動いた。

 鍋を、火にかける。


 びちぃっ、と激しい水音がしたと思った直後、一匹のザリガニが鍋から飛び出す。

「うぉぉぉっ!」

 勢い余って鍋を飛び出した、少なくとも味噌汁(※ザリガニの名前)ではないことだけはわかるが、個体の区別がつかないザリガニは床でじっとしている。

「びっくりした……」

 とりあえずトングでつかんで、鍋に戻す。

 ザリたちはもう動かない。

 足を丸め、小さく固まったまま。

 忘れたころに、かすかに触角が揺れる。


 水が、ぼこりと泡立つのと同じぐらいに、その殻の端がさっと赤みを帯びて、それが少しずつ侵蝕していく。


 殻に含まれる色素が、加熱することで表に出てくるらしい。

 確か、むかし読んだ学研に書いてあった。


 加熱時間はどのくらいなのか計るの忘れてたな、と気が付いたものの、その鮮やかな赤に目を奪われ、調べるためのスマフォやキッチンタイマーを取りにいくのを少しだけ躊躇う。


「……まぁいいか、適当で」


 体感で十分ぐらいだろうか。

 赤く染まった四匹のザリたちを、お湯から取り出し、皿に盛る。

「なんかこう、宝石みたいだな」


 アクセサリーショップで見る、お高いサンゴのアクセサリーみたいな艶感。

 これでイヤリングとか作ったらカッコ良さそう。


 さすがにザリガニそのまま使うのはデカすぎるけど。


「さて……実食」

 エビのように頭をもぐ。頭の中身は有頭エビに似ていた。

 味噌を吸ってみる。

 量は決して多くはないが、甘みと清涼感のある旨味。

 エビともカニともつかない、第三の味覚という印象だ。

 ……まぁザリガニなんだけど。


 胴の方の殻をむいてみれば、小ぶりだが意外と身はしっかりしている。

「触ってる感じはほぼエビだけど……なんかふわっとしてる感じ?はカニっぽさもあるな」

 ぷりっとした感触を期待していたが、そうではないらしい。

 正月のおせちとかに入ってるあの有頭エビの、ちょっともさっとしたあの感じ。


「あ、けっこう食べ応えある」

 指先ほどの大きさだが、ちゃんと味がする。

 事前に調べたところ「エビとカニの中間みたい」と表現しているひとがいたが、だいたいそんな感じ。

 味はどっちかってとカニに近いかも。


「この個体がエビチリかエビマヨかはわからんけど、これはむしろ、カニかまとかそっち系の扱い出来そうな感じだなぁ」

 うん、卵焼きとかに入れても美味しそう。


 次にご近所さんがザリガニの処理に困ってまた持ってきたら、今度はちゃんと調理して食べてみよう。

 これだけ美味いなら、今度はバケツいっぱい釣ってきてもいいぜ、と、久しぶりに見たら元気に真っ黒に日焼けしていた少年たちの顔を思い浮かべながら思う。


 そもそも普通のひとは、ザリガニを食べる前提で釣らない、ということをすっかり忘れて。

というか大量にもらっても、保管場所どうするんだよ、というツッコミはさておいて。


ちなみに本格調理編を書く予定はないですが(ジャンル変わっちゃうので)実際にはピラフにしました。

活きたままのザリガニを調理するの、すごく楽しかったです。

(サイコパスか)


次回更新は8/25です。

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