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ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
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呪物にしたいわけじゃない(前編)

厨二期は安倍晴明が心の師匠でした。


さすがに呪符を自分で書いたりまではしませんでしたが。

今のネット社会みたいに、頑張れば調べれられそうな環境だったら多分書いてたと思います。

「すいません……」

 目の前には、大きなバケツを持った知人女性。

 年齢は自分よりいくつか年上と言ったところで、その左手の薬指にはシルバーの指輪が光っている。

 見かければ挨拶するし、旦那さんとも面識がある。

 なんなら、そのお子さんにも……

「私、虫とか苦手でっ……なんとか一匹だけ残してあとは処分することには納得させたんですけど、モノがモノだから、うかつに返すことも出来なくて……ッ!配るにしてもさすがに量が多すぎて……!」

 

 いやまぁ確かに、私は虫とかわりと大丈夫なひとだけども。

 

「……わかりました、私も協力します」

 とりあえずここに入ってる分だけでいいですか?と確認してからバケツを受け取る。

 正直に言うと私もだいぶ困る事案ではあるが、泣きそうな声でこうも助けを求められると、どうにかしてあげたくなるのが人情というもの。


 ぶっちゃけ、おすそ分けもらったりとか普段からお世話になってるし。


 女性は、お隣に住むご一家の奥さんだ。

 子どもは、生意気盛りの小学生の男の子がふたり。

 旦那さんの職業までは知らないが、少なくとも嫁を専業主婦にするくらいの甲斐性はある、ちょっとぽっちゃりしたおじ……お兄さんだ。

 

「いや……しかしすごい量ですね」

「はい……それでも友だちとかに片っ端から配らせて、だいぶ減ったんですけど……」

 

 バケツの中で、びちびちと何かが跳ねた。

「そうですよね……外来種ですもんねこいつら。リリース出来ないんですもんね」

「はい……」

 バケツをのぞき込むと、いくつもの赤黒いハサミがファイティングポーズでこっちを見ていた。

 

 いわく。

 休日に旦那さんと遊びに行った息子さんたち。

 どこで覚えてきたのか、まぁ……とある場所で釣りを始めたそうで。

 どうせ釣れないだろうとタカをくくっていた旦那さんだったが、通りがかりのおっちゃんの面白半分のアドバイスもあり、思いのほかバカスカ釣れてしまったとか。


 このバケツの中身はその戦果……いや、釣りだから釣果か。


「いやー、知識として知ってはいましたけど、そんなお手軽に釣れるもんなんですね」

「ホントですよ。だからってそんなに釣って来なくても、と思いません?私、それ見て悲鳴上げましたもん」


 とりあえず目下の悩みが解決したので、ちょっと饒舌になった奥さん。

 安心した顔で「バケツは返さなくて大丈夫です」と言い残し、帰って行った。


 残されたのはバケツを抱えた私と……アメリカザリガニ。


「……いや、確かに私も昔は釣ってみたいとか飼いたいって思ってたこともあるけどさ」

 しかし五匹は多い。

 それに確か、こいつら共喰いするんじゃなかったっけ。


「さすがにザリガニを蟲毒にするのもなんか、だしなぁ……」


 仮にザリガニを蟲毒にしたところで、特に呪いたい人物もいないし。

 ていうかうち、前にノリで作ったわら人形もあるし。

 呪物ばっか増やしてどうすんだ。


「とりあえず兄ちゃんちにでも電話してみるか」

 まだ小さい姪っこがザリガニに興味を示すかまでは未知数だが、前にクワガタ見せたらわりと興味持ってたし、ワンチャンあるかも知れない。


「……というわけで兄ちゃん、ザリガニいらん?」

『いらん。……ていうかなんで近所の人におすそわけで生きたザリガニもらってんだよ意味がわかんねーよ』

「こっちだってわかんないよ」


 どういう人生送ってたら、近所の奥さんにザリガニの処分を頼まれるなんて事態になるのかなんて、正直こっちが聞きたい。


『……ま、お前のことだからそのまま水辺にリリースとかも出来ないって知ってんだろ?

無難なのは普通に殺処分して、生ごみか燃えるゴミに出す、だろ』

「まぁそうだよねー……」


 一匹、二匹程度なら、もらったバケツでしばらく飼うこともやぶさかではないが、なにせ五匹である。

 今すでにバケツの中でぎちぎちとひしめき合っているので、いつ共喰いしてもおかしくはない。なんならすでに、一匹は片方のハサミをロストしている。


『あ、お前が興味あるかわからんけど、そういえばザリガニって食えるぞ』

「なにそれちょっと詳しく」


 兄いわく。

 ザリガニはアメリカの南の方とか中国では、わりとメジャーな食材らしい。


『可食部少ないし、ちゃんと泥抜きしないと臭いって話だけどな。

……ま、興味があるなら調べてみ?じゃっ』


 そう言って、兄は慌てて電話を切った。

 うしろで姪っこの「ぱぱー、おでんわかわってー」という声が聞こえたせいだろう。

 最近、姪っこはおでんわブームらしく、いちど電話に出るとなかなか切らせてくれないのだ。


「……なるほど、食べるって選択肢はなかったな」


 そう新たな知識を得てしまうと、ちょっとエイリアンじみたこのグロテスクな見た目も、うっかり美味しそうに見えてしまうから不思議である。


「とりあえず共喰いしないように、鍋とかで小分けするか……あとなんか泥抜き?って言ってたな」


 エサはその辺にあったカルパスとかで良かろう。

 ちょっともったいない気もするが。


「生食はダメ……あ、普通に塩ゆでとかでいいのか。エビとカニの中間みたいな味……アヒージョとか合いそうだなぁ」

 

 調べてみれば、けっこうみんな食べてた。

 これは新たな知見である。


「んじゃ、片手鍋のいちばん小さいやつは『塩ゆで』で、もらったバケツのやつは『エビマヨ』、うちにあった方のバケツのは『エビチリ』、虫かごのは『味噌汁』……そんで両手鍋のいちばんでっかいやつは『アヒージョ』ね」


 とりあえず泥抜きのためには、真水で数日おいておくといいらしい。

 別に泥抜きしなくてもそこまで味には変わりはないそうだが、まぁ泥抜きついでにしばらく飼ってみるのも一興だろう。


 ……うっかり食べるという選択肢を得たものの、今さら怖気づいたわけではない、決して。


「しかしこうしてみると、やっぱカッコいいなザリガニ」


 小学生のころの自分には考えられないことだろう。

 まさかザリガニを食べるために飼うなんて。


「ま、そういうこともあるか」

 私はそうつぶやいて『味噌汁』の入ったかごをつん、と指で軽くつつく。

 その衝撃に驚いたらしい『味噌汁』がびしゃん、と跳ねて、片腕だけのハサミをじたばたさせた。

生き物に食べ物の名前をつける……やってることは某農業マンガなのにねぇ……(トオイメ)

というわけで来月は実食します。


次回更新は7/25です。

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