Night of sweets
ちなみにツナマヨホットケーキも好きです。
「パンケーキ食べに行きませんか?」
休憩中、後輩が仲のいい先輩にそうお誘いをかけていた。
なお、この場合誘われているのは私ではない。
いわゆる〝映えスィーツ〟とかいう奴は、イ〇ンかメ〇ドンキにでも行っておけばだいたいの買い物には困らないレベルのド田舎にも、それなりに浸透している。
もちろん都会のそれとはまったく趣は異なるだろうが、クリームやフルーツがモリモリのちょっとカロリーがヤバそうなカフェのパンケーキ、ス〇ーバックス、デカ盛り顔負けのコーヒー屋のデニッシュパンぐらいは、その気になれば行動圏内にいくつか点在している。
彼女が言っているのがそのどれなのかは知らないが、少なくともそんな微笑ましい先輩後輩の会話に何となく聞き耳を立て、無言で酢昆布をかじっている私には無縁の存在だ。
とはいえ、たまには思いっきり甘いものが食べたい。
「行けないのなら作ればイイじゃなーい!」
ウェーイ、と、休日に用意したのはホットケーキミックス。
ぼっちなのはいつものことなので、今さら気にしない。
スーパーにはパンケーキミックスとホットケーキミックスの両方があったが、そこは馴染みの深い銘柄であるホットケーキミックスの方を買った。
正直、いまいちホットケーキとパンケーキの区別ついてないし。
まあだいたい似たようなもんだろ。
トッピングもいろいろ。
同じスーパーで買ったフローズン生クリーム、冷凍のミックスベリー、戸棚の奥で眠っていた、缶詰のみかんとマンゴー。
ついでに粉砂糖。
もちろんバターとメープルシロップも。
「ふっふっふ……この贅沢に奴らは勝てるかな?」
誰と戦ってるのかは知らないが、私はおもむろに冷蔵庫から卵を取り出す。
卵愛好家として冷蔵庫の卵のストックが激減するのは少しばかり不安はあるが、この際だから思いっきり使うことすることにする。
消費期限とっくに切れてるし。
生地に使う分の卵は脇に避けておき、残りをすべて耐熱容器に割り入れる。
耐熱容器にはあらかじめ、砂糖と少量のホットケーキミックスを入れてあった。
それらにしっかりと卵、牛乳を混ぜ合わせる。
「えーと、二分くらいかな」
レンチンして、少しかたまりが出来たところでよく混ぜ、さらにレンチンする。
それを何度か繰り返し、とろりとなめらかになったところで完成。
まだほかほかと温かいそれを指先につけてぺろりと舐めとる。
出来立てのそれを楽しめるのも、手作りならではだ。
耐熱容器ごとそのままそれを冷蔵庫に入れ、生地作りに移る。
粗熱をとる?そんなもんは知らん。
パンケーキだかホットケーキだかの生地の作り方は別に難しくはない。粉と卵と牛乳を分量の通りに混ぜるだけだが、せっかくなのでネットで見た〝牛乳を減らしてみりんと溶かしバターを入れる〟という裏技を試してみる。
原理はよくわからないが、これで喫茶店のような美味しいパンケーキになるのだという。
まあ喫茶店のパンケーキにはそこまで馴染みないんだけど。
フライパンを温め、温まったところで一度濡れ布巾の上に置く。
昔から思っていたのだが、このワンクッションに何の意味があるのだろう。
「ふーん…温度の上昇をおさえて、焦げ付きにくくするため」
フッ素コートのフライパンではやる必要がない……ってマジか。
思いっきりやっとったわ。
バター少量をさっと溶かした上におたまで生地を入れ、表面にぷちぷちと穴があくまでそのままじわじわと加熱する。
ホイップクリームはすでに溶かしてあるし、缶詰の汁を切って小皿に盛り付けておけば、生地が焼け次第すぐにでも美味しいパンケーキだ。
ぷち
ぷちぷちぷち
夜空に浮かぶ月のような表面に、クレーターが現れ始めた。
裏面をよく確認せずにすぐにひっくり返すなど愚の骨頂!
玄人はもうしばし待ってから、しかしあまり待ちすぎるとしぼんでしまう……よし、今!
……まあ別に私、玄人でもなんでもないんだけども。
ばっちりきつね色に焼けたホットケーキは、見るからに美味しそう。
ついつい中までちゃんと焼けてるか、おもむろにフライ返しをど真ん中に突き刺したくなるのをこらえ、そのままもう少しだけ待つ。
焼けたらたっぷりとホイップクリームを絞り、さらに冷蔵庫で冷やしておいた甘さ控えめのカスタードクリームをカレー用のデカいスプーンでぼてりと落とす。
ミックスベリーとみかんとマンゴーを惜しげもなく飾り立てれば……
「ふっへっへ、ダブルクリームのフルーツパンケーキ……店で食べたら何千円することやら」
確かにホイップするのが面倒でちょっとお高い冷凍生クリーム買ったし、普段は手を出さないちょっといいメープルシロップも買った。
少量パックとはいえ、バターも植物性油脂の混じっていないちゃんとしたバターだから、そこそこに値段はした。
カスタードクリームはほぼ原価だが、それでもこれだけの量のパンケーキを店で食べるとなったら、下手すると五桁の紙幣が飛ぶ。
ただでさえ私の胃袋の容量は人よりデカい。
「映え、っていまいちよくわからんかったけど、こうやって実際に見てみるとちょっとわかる気がするわ」
まだほんのり凍っているのかベリーの表面に光る霜が、まるで宝石のようにキラキラしている。
絞り出された真っ白のホイップクリーム、つやつやのカスタード。
しかし見た目こそ派手ではあるが、華美な感じはしない。
例えるなら、少ないお小遣いでなんとか工夫して、少しでも華やかにしようとけなげに頑張る女子高生みたいな。
テーブルに移動する間も惜しんで、台所のシンクでそのままフォークを突き刺す。
本当はナイフとフォークでしずしずと食べたいところだが、ここまできっちりと買い物をしていたにも関わらず、ナイフを買い忘れた。
我が家はハンバーグを箸で食べる家なもので。
とりあえず今回の反省点として、今後のためにナイフを買っておくのは最優先事項としよう。もしかしたらいずれ、我が家でステーキを食べることがあるかも知れないし。
焼きたての分厚いパンケーキは、表面はさっくり、中はしっとりふわふわ。
うん、イイ感じに焼けてる。
あったかいパンケーキの上でホイップクリームが形を維持できずにとろりととろけている。
……あー、バニラアイスも買っておくべきだった。
さぞかし官能的な姿になっただろうに。
フォークで一口サイズに切り分けたものに、これでもかとダブルのクリームを絡め、ついでに缶詰みかんをフォークの先端にぶっ刺す。
本当はベリーも巻き込もうと思ったが、上手くいかないので諦めた。
「いただきまー!」
す、を待たずにばくり。
塩気のある一瞬のバターの香りのあと、怒涛のクリームの甘さが雪崩のように押し寄せ、そのあとをみかんの酸味が洗い流していく。
これはもはやパーティーだ。
ディスコ、クラブ、いや違う。なんかこうもうちょっと若々しいやつ。
つけまでミニスカでプチプラコスメな女子高生がパラパラ踊ってるみたいな。
パラパラという発想自体、すでに若々しくないことは棚にあげる。
マンゴーとストロベリー、ブルーベリーも加わり、口の中のテンションはアゲアゲMAX!
こいつは最高だぜ!
「さて……次はもうちょっとシックな感じで」
あっけなくクリームてんこ盛りのフルーツパンケーキを食べつくし、次の女子高生……もといパンケーキはバターとメープルシロップでシンプルに。
これはこれで昔ながらの、という感じで良き。なんかこう「ごきげんよう、お姉さま」みたいな。
これは粉砂糖をふりかけてもいいかも。
残っても焼いて冷凍しておけばいいや、と用意したはずの生地を全て食べつくし、青い顔でパッケージ後ろの栄養成分表示を見るまで、私のひとりパンケーキパーティーは続いた。
予約投稿、一年間違ってました。←アホ
まだ年明けてないわ。
次回の更新予定は1/25です。