夏のはじめ
今日が25日であることに、給料明細をもらって気づきました。
だめだ、日付の感覚がなくなっている。
「うーん……飽きたな」
パリポリ、パリポリ。
この時期にはもはや恒例になっている緑のアイツ。
適当に乱切りにして、鶏がらスープの素とごま油と共に保存バッグに入れて冷蔵庫でひとばんぐらい。
まぁ、なんて簡単なんでしょう。
きゅうりのなんかうまいやつ。
厳密にいえばたぶんナムル的なものなのかも知れないが、正確なところはわからない。
なんか適当にぶち込んだらたまたま美味いのが出来たので、なんとなくここ数年、作るのが恒例になっている、というだけである。
ごま油を使っているわりにさっぱりたべられるし、夏野菜なので身体を冷やす作用もあり、しかも水分、塩分、油分、カリウムが取れるので、夏にはぴったりの、なんかうまいきゅうり漬け。
むかし、友人主催のイベントで脱水症状で動けなくなったことがあるので、今時期の塩分水分摂取については私はわりとシビアなのである。
で、毎度毎度、保存バッグに大量に作っては数日で食べきってしまうので、ならばと大量に買ってきて作ったら、なんかそろそろ飽きてきた。
さすがに二袋は買いすぎたか。
だから限度を考えろとあれほど。
今、ぽりぽりやってる奴は、たぶん今日明日には食べきれる。
問題は、未だに野菜室に眠っている残り五本。
無難に味噌をつけて食べてもいいが、それにしたってちょっと多い。
「……そういえば」
ふと、最近料理にハマっているという同僚の姿が頭に浮かんだ。
明日勤務してるようならちょっと聞いてみよう。
そして翌日。
「あ、これ美味そう」
同僚に書いてもらったレシピを見てみたら、きゅうりのポテンシャルにびっくりした。
そうめんのつけだれ、冷製スープ、炒め物などなど。
ていうかきゅうりって加熱してもいいんか。
とりあえず今日は時間があるので、すりおろして作るという冷製スープを試してみることにする。
他のメニューはまぁ追々。
何故なら「きゅうりの美味しいレシピ知りませんか?」と料理好きの同僚に聞いたら、たまたまきゅうり信者の同僚が近くにおり「きゅうり美味しいよね!これうちで採れたやつ!よかったら食べて!」と、大量に布教されたのである。
消費のためにレシピ聞いてるんだから、増やすなし。
いやまぁ家計的には助かるんだけども。
別にきゅうり自体は嫌いじゃないし。
ごりごりときゅうりをすりおろす。
とりあえず何本ぐらいすればいいんだろう。
だいたい、ひとりあたり一本?ということはまぁ3本ぐらいすっておけばいいか。
残ったら明日食べればいいし。
ごりごり。
ごりごり。
あ、やばい。早くも飽きてきた。
本当はフードプロセッサーとかがあれば早いのだろうけど、ざんねんながらそんな高級なものはうちにはない。
ごりごり、ごりごり。
ああ、私がいっそ河童だったなら。
こんなきゅうりぐらい、さっさと生でかじって食べつくしてしまうというのに。
ていうかそもそもなんで河童はきゅうりが好きなんだ?
こんな水っぽくて、たいした栄養素もない淡色野菜。
ごりごり、ごりごり。
河童といえば。
まだ私が小学生ぐらいのころ。
学芸会で河童のおどりなるものをさせられたな、と、嫌な記憶を思い出す。
どうも昔からリズム感のない私は、なんど練習してもワンテンポずれていたらしい。
実家にある本番を撮影した八ミリビデオに、ひとりだけ動きの違うとろくさい姿が残されていて、頼むそれ早く消してくれ、とずっと思っていた。
今はもう、再生出来る機械がうちにはない。
「かっぱらっぱ、らっぱかっぱ、かっぱのおどり♪
さーらがほせても気にすんな~♪
らっぱかっぱ、かっぱらっぱ、ぱっぱらぱー♪
みんなでおどりゃ、あめもふる~♪」
記憶を頼りに、歌ってみる。
踊るのは苦手だったが、歌うのは好きだった。
さぁっ、と、網戸にした窓から、冷たい風が吹いた。
「……雨」
河童のおどりをした学芸会の日も、雨が降った。
傘を持っておらず、パーカーをかぶってずぶぬれで帰った私を見て、母さんは『あんたが頑張って河童のおどりを踊ったからだね』と、笑いながらあったかいココアをいれてくれた。
ちなみに兄ちゃんは何故か濡れた服を途中で脱いだらしく、半裸で帰ってきて、しこたま怒られていた。
そう、思い出した。
そのあと兄ちゃんが『きゅうりは水神さまのお供え物の定番だから、水の神さまの河童はきゅうりが好きなんだぞ。だから水もきゅうりも好きなおれは河童なんだ!』とわけのわからん理屈で、ずぶぬれのままおやつのみそきゅうりをむさぼっていた。
で、案の定、そのあと風邪引いた。
ようやくすりおろし終えたきゅうりに、鶏がらスープの素を少量のお湯で溶かしたものと牛乳を入れ、よく混ぜる。
で、完成。
すりおろすのは面倒だが、あまりに簡単すぎて拍子抜けするほどだ。
自分用にお椀についだ他に、もう一杯、お椀につぐ。
「まぁまぁ、河童さんや。雨降らしついでにちょっと一杯、飲んでいきなさいな……なぁんてね」
きゅうりの青臭さも気にならず、まろやかなきゅうりの冷製スープをゆっくりすすりながら、むしろちょっと物足りないな、と思ってしまった私は、もしかしたらほんとうに河童の妹だったりするのかも知れなかった。
きゅうりの食べすぎはお腹を冷やすのでほどほどに……
次回更新は8/25です。




