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ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
21/52

屍を越えろ

今日中だからセーフセーフ!……ということにしておいてください。(2回目)

「つかれた……」

 もうなんか最近、いつも疲れている。

 今日なんてうっかり、職場近くの横断歩道のところでつい放心状態になってしまった。

 こりゃアカン、と慌てて最寄りのコンビニでオレンジジュースを買ったのだが、もうちょっといったところのスーパーの方が安かったのに、と、一気に飲み干してから気づいて愕然とした。

 ビタミンは大変美味しかったのだけれど。


 ううん……さすがに寄る年波には私も勝てないからなぁ……

 お局というほどではないが、若手というにはちゃんちゃらおかしいお年ごろのアラサーの私は、手洗いうがいついでに両手でもにり、と頬をつまむ。

 ふだん化粧をしていないぶん、肌へのダメージはひとよりは少ないだろうが、肌荒れや乾燥など、プチプラ化粧水ではそろそろ追いつかなくなってきた。

 ……あ、クマ。 


 これは肉だ。肉しかない。

 ちょうどこのあいだ衝動的に買ったアレがある。

 解凍はしてないけど、この気温ならシャワーでも浴びてるうちにそれなりに溶けるだろう。

 溶けんかったら……そんときはそんとき。


 冷凍庫から取り出したのは通販で買ったジビエ。

 確か、シカ。

 

 シカをナメたらあかんぞ。

 あいつせんべい狙って全力で突っ込んで来るからな。

 修学旅行でせんべい買ってたうちのクラスメイト、勢いあまってぶっ飛ばされてるからな。しかも数人。アホか。


 ちなみにアレ、草が配合されているので人間は食べないでください、とバスガイドさんが言ってた。あやうく食べてみるところだった。

 いや私もだいぶアホだな。ひとのこと言えんわ。

 

 なおお肉の方は、低カロリー高たんぱく鉄分たっぷりの優秀ジビエ。

 別名は紅葉。


 紅葉が季語の秋にはまだ早いが、別にアレは季節とかは関係ない由来らしいので無視。


 よし、とりあえずシャワーしてこよ。

 カラスの行水というほどではないがそこそこに手早く済ませ、濡れた髪のまま鹿肉を指で押してみた。

「……さすがにまだ溶けないか」

 

 さてどうしよう。

 タオルで髪をわしわしと無造作に拭きながら、スマフォで検索してみる。

「肉、解凍、早く……あ、出た」


 なるほど、流水解凍。


 枝豆なんかはよく流水解凍するけど、肉だと早く溶けるのか。

 

 一応、うちのレンジは解凍出来るタイプなんだけど、どういうわけかいつもうまく行かず、だいたいなんかちょっと加熱されちゃう。


 別に刺身で食べるわけじゃないから解凍段階で多少火が通るくらい、食べる分には支障がないんだけど、なんていうかこう、情緒ってもんがあるやろ。


 はんぶん火が通ってベージュ色になったやつ、フライパンとかホットプレートに乗せて焼いてもなんか、こう、違うでしょ?


 鮮やかな赤身と、脂のごく薄いピンクというか白というかとのコントラストを目で楽しみつつ、それがじわじわと濁っていくのを眺めるのもまた、肉を焼く醍醐味でしょう?


 濡れた髪もそのままに、半溶けの肉トレーに水をぶっかける。

 シャワー直後でまだボイラーがハッスルしていたせいか、流水に触れた手がすぐに熱を感知した。慌てて水の温度を下げる。

 加熱されないように流水解凍しているのに、それでは本末転倒だ。

「ひひひ……いい色じゃのう……」

 そういや鶏肉の脂は溶けやすいらしいけど、シカってどうなんだろう。

 そもそもシカってあまり脂があるイメージないけど。

 

 表面をちょっとだけ指でつついてみる。

 まだ少しかたい気がするが、まぁこれくらいなら許容範囲でしょう。


 よし、思った通り。

 ナイフを肉の隙間に差し込むと、細切れになることなくするりするりと肉がはがれていく。

 

 オペを開始します。……なんてね。


 火を入れたフライパンに、はがした肉を並べていく。

 しゅわしゅわとかすかに残っていた氷が溶け、ゆらゆらと湯気のようなものが立ち上る。


 それほど厚い肉ではないが、あまり火は強くない方がいいだろう。

 何と言っても、その方がこの官能的な姿を長く楽しめる。


 臙脂に近い肉色が、少しずつ淡くなっていく。

 まるでひとの一生のように。


 シカとしての一生はとうに終えているそれも、焼かれ、塩を振られ、シカ肉としての一生すら終えようとしている。

 彼らだか彼女らだか、の来世はどこにあるのか。


 きっとそれは私の胃袋の中。


 この身に巡る栄養素となり、私の血肉として新たな生を授かるのだ。

 御身のために、いざ……!


「うんま……!生きてる味がするぅぅぅ!」

 豚も牛も鶏も好きだけど、それとはまた違う、肉の味。

 血沸き、肉躍る、獣を喰っている、という実感。

 

 こんな薄いお肉じゃなくて、もっとかたまりでむさぼりたい。

 獲物の喉笛に食らいつき、その命を奪う、サバンナの覇者のように。


 ひとは獣だ。私も獣だ。

 この世は弱肉強食。

 弱いものは淘汰されて、強いものが生き残る。


 いつか私もまた、なにものかに淘汰されるのかも知れない。

 だがそれまでは生きてやる。


 生命の、本能のままに。

だらだら続けていたら辞め時がわからなくなりました。

一応、終わりは考えているのですが、なかなかそこに到達しません。


やったー、今日は給料日だー


次回更新は6/25です。

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