表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
2/53

冬の王様

まるごと美味しくいただきます

 さて、どうしたものか。

 私はテーブルの上にごろんと転がるそれを見て、頭を抱えた。

 人の脚に例えられることもあるそれは、確かに太さだけみれば私のふくらはぎの辺りとそっくりだ。

 ていねいに土を落としたそれは、バレエダンサーがタイツでも履いてるみたいにほぼ真っ白で、薄緑色の膝からは腿ではなくふっさりと立派な葉を茂らせている。


 要するに、大根である。

 それもまるっと一本。


 いつもお世話になっている職場の先輩が部署のみんなに押しつけ……もとい「おすそ分け」してくれたものだ。

 一家に一本。

 ちなみに同じくひとり暮らしの後輩ちゃんは、別な部署の同期と半分こするらしい。


 え?私ですか?

 同期はすでに結婚退職してますが何か?


 大根自体、買わないわけではない。

 お味噌汁の具にしてもよし、煮てもよし、サラダにしてもよしのそれは、確かにひとり暮らしの家には比較的使い勝手のいい根菜だ。あと案外日持ちする。

 多少傷んだところで、漬物にでもしてしまえば充分美味しくいただける。

 縛って干して、の工程がなくとも、ネットを探せば簡単なレシピはいくらでもある。

 とはいえ野菜室からはみ出るほどの立派な〝脚〟は、独り暮らしには少々持て余す。

 そして私は、大根ロンダリング出来るような知人友人はいない。


「……ま、いいか。とりあえず切ろう」

 ふっさりとした毛、もとい葉を切り落とす。

 これは刻んで、今日の味噌汁にでも入れてしまおう。

 ちなみに白いご飯はすでに炊けている。

 いや、味噌汁の具は本体にして、葉を菜飯にしてもいいかもしれない。

「……あー、でもどっちも食べたいな」

 食いしん坊の性、というべきか。

 思いついたらどちらも食べたくなって、結局両方作る奴。

 食べることしか頭にないぽんこつな脳みそには、すでに知っている限りの大根レシピが我先にと渦巻いている。


 よし決めた。


 とりあえず湯を沸かす。

 ぽこぽこと鍋の中で生まれては消える水泡を眺めていたら、なんだかテンションが上がってきた。

 昔、何かのイベントで、派手なスカートのお姉さんがパカポコと太鼓でリズムを取りながら踊っていたのをふと思い出す。

 アレ、どこの民族音楽だったっけ。


 サッと数分ほどゆでた葉っぱは、ぎゅっと水気をしっかり絞る。とはいえ、ここであまり強く絞りすぎると固くなってしまう、ような気がする。

 あとは細かく刻むだけ。

 刻んだ菜っ葉はジップロックに入れ、ぺったんこにして冷凍しておく。

 こうしておけば、そのまま適当に粉砕して味噌汁に入れてもよし、解凍して塩を入れれば菜飯にもなる万能野菜。


 というわけで、今日食べるのは本体。

 全体の半分ほどをざくざくといい感じの太さになるように輪切りにする。

 残りの半分はきっちりラップをして冷蔵庫へ。これは後日、漬物か味噌汁にでもしよう。

 首のところは切り落とし、その辺のカップに入れて窓辺に置く。

 ワンチャン、もう一回葉っぱが生えてきたらそれも食べるつもり。


「ケツの方はどうしようかな……まあいいか」

 取っておいても仕方ないので、それはそれで皮をむき、新しく水を張った鍋に放り込む。

 コメのとぎ汁だか片栗粉だか入れるとアクが抜けてえぐみがなくなるらしいが、そもそもえぐみを感じるほど上等な舌はしていない。

 ていうかとぎ汁なんて、もうとっくに捨てちゃってるし。

 輪切りにしたものを面取りする。

 別にこれに関してはしてもしなくてもいいのだけれど、なんとなく。

 ついでに皮もむく。

 ちょうどいい具合にお湯も沸いてきた。


 パカポコパカポコ。


 そうだ、アフリカだ。

 原色のドレスにきらびやかな刺繍。

 見たこともないほど鮮やかなそれを見せつけられた幼い私は、母親に「あのドレスが欲しい」と全力で駄々をこねたわけだが。

 さすがにこの歳になれば、理性が勝つ。


 大人になるというのは、欲望を理性で抑えつけることが出来ること。

 理想と現実の釣り合いがうまく取れること。


 そう、出汁は顆粒で充分。

 そもそもちゃんとした出汁をとれるようなものはない。

 いや、戸棚を探せば鰹節くらいはあるかも知れないけれど。


 ……十中八九、賞味期限切れてるやつが。


 せっかくなのでもう一品。

 前にテレビで見て、気になってたやつ。レシピのメモは冷蔵庫に貼ってある。

 大根が煮えるあいだに、皮を細めの千切りにする。

 切った皮はフライパンへ。

 ごま油でざっくり、透明感が出るまで炒めあげる。

 炒めたら砂糖とお酒。

 甘めが私の好み。カロリーには目をつぶり、砂糖はたっぷりと。

 くつくつしてきたら、今度はしょうゆ。昆布しょうゆだから、レシピよりも気持ち多めに。

 ちょっと味見。まぁこんなもんか。

 そのまま汁気がなくなるまでさらに炒めれば完成。


 大根の皮のきんぴら。


 生ゴミ減る上にありものの調味料で出来るとか最高かよ。

 そうこうしてるうちに、大根も煮えてきた。

 砂糖とお酒を目分量で深めの小皿に入れ、レンジでチン。砂糖をよく溶かしてからさらに味噌を入れてもう一度チンすれば、お手軽みそだれ。

 盛り付けた大根にスプーンでたらり。


 ……はい、美しいです。

 吸血鬼が噛みついた処女の首とかって、こういう美しさなんじゃないか、とか、聞く人が聞いたら食欲なくしそうな表現しちゃったけど、私にとって妄想は前菜です。

 脳内に荘厳なビジュアル系の音楽が流れてきました。


 メニューは純和食だけど。


「……よし、残りは明日!

明後日は休みだし、帰りにお酒でも買ってこよう」


 ごはんに合うものはお酒に合う。

 ……すなわち、これらのおかずも酒に合う。


 うっかりまたごはんのお代わりをしそうになるのを理性でおさえ、私はためらいながらもお茶碗をシンクに片付けた。


次回更新予定は11/25です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ