まがいもの
ホットケーキミックスで作るツナとピーマンのケークサレが好きです。
……仕事終わりにおうち晩酌して、ほろ酔いで布団に倒れ込み、気が付いたら次の日の昼だったときの絶望感よ。
もったいない、時間がとても、もったいない。
寝ぼけてアラーム全部止めてるとか、私は〝睡拳〟の使い手か。
誰が上手いこと言えと。
とりあえず今日が休みでよかった。
そうでなければ職場から、鬼のように電話がかかってきていただろう。
これで「無断欠勤など何事だ」と怒られるならともかく、うちの職場の場合「うっかり孤独死してたらどうしよう」と電話してくるので、なんかこう、罪悪感がすごい。
同僚の中には「休みの前の日しか晩酌しないルール」を設けている子もいるらしいが、私もそういうルール作ってみようかな、とか。
いや無理だけど。
この飲んべえにそんなルール適応するとか、絶対に無理だけど。
「とりあえずおなかすいた……」
さすがに今朝はまだ白飯を炊いてない。
なお、ただいま絶賛二日酔い気味で、正直ちょっと気持ち悪い。
炊きさえすれば、米はある。それから麺各種、小麦粉、あとホットケーキミックス。
お粥ほど弱っているわけではないが、がっつりどんぶりを食べられるほどの腹ではない。
ただの麺よりももう少しボリュームがあって、なおかつ軽いものがいい。
歯を磨き、顔を洗い、無意識に汗で湿った寝間着を脱ぎ捨てながらぼんやりと考える。
……あ、肉まん食べたい。
明らかに蒸すのに失敗したようなサイズ感ではあるが、目の前で慎ましやかに並ぶささやかな双丘を見たら、唐突に思いついた。
とはいえこの時期のコンビニレジにはさすがに売っていない。
スーパーまで行けばあるかも知れないが、そこまで行くほどの元気はない。
だいたい、そこまで行って無かったらちょっとへこむ。
「えーと……あ、そういや冷凍庫に鶏団子があるか。あとはホットケーキミックスで……」
半裸で冷蔵庫を漁るなんてあまり人には見られたくない姿だが、どうせ人が来る予定もない。だいたい、着替える途中だったんだから仕方がない。
台所にぽいぽいと材料を放ったところでくしゃみをしたので、まずはそこら辺に干してあった、収穫したてのTシャツに袖を通す。
下は……ジャージだし、そのままでいいや。
邪魔にならないように後ろでざっくりと髪をくくる。
ボウルにホットケーキミックスを一袋、あと水を何となく一カップぐらい。
それから卵。
まぁ無くてもいいんだけど。
わしゃわしゃと適当に混ぜる。今のホットケーキミックスって優秀だから、案外雑に混ぜてもダマにならない。
まぁ別に多少ダマになったところで、とりあえず混ざりさえすればいいんだけど。
そうして混ざった生地の中に、解凍した鶏団子をわしづかみして放り込む。
「あ、アレ用意しなきゃ」
大事なものを忘れていた。
そこら辺に伏せてあった適当な平皿に、ぴん、とラップをかける。
表面をつつくと、小さく、ボン、と鳴いた。
ちょうど、太鼓の表面みたいな感じだ。
そしてその上に、生地をまんべんなくまとわせた鶏団子を並べて置く。
軽くまとわせただけでもけっこう生地が膨らむので、団子同士の間隔は広めに。
別に皿の上に直接生地をのせてもいいのだが、それだと皿に生地がべったりくっついてしまい、洗うのが面倒なのだ。
このやり方だとラップから生地をはがすのも楽だし、皿も汚れないので後処理も生地のこびりついたラップを捨てるだけでいい。
そしてそのまま電子レンジへ。
「一分ぐらいでいいかなー」
次の団子を用意しながら、加熱を待つ。
これがまた小動物の威嚇みたいに、アホみたいにデカくなるんですよ。
「くっ、まさか貴様が肉団子拳の使い手とは……ふはは、恐るるに足らん!かくいうわしは、螳螂拳の使い手じゃ!……ってか?」
両手をカマのようにして振り上げながらレンジをのぞきこむ。
くっくっく……よしよし、一口サイズの肉団子がミックス粉の鎧を着て、美味そうに粋がっておるわ。
レンジが鬨の声をあげ、二回りぐらい大きくなった団子を誇らしげに見せつける。
私はそれを流れるようにスルーし、もこもこ肉団子まん野郎をボウルに移す。
そして次の皿をレンジの中にセット。
そうした流れ作業で、大皿に一山の肉団子まん。
ちなみに肉団子ではなくウィンナーでも美味しい。
ついでに、油であげるとお祭りで売ってるアレみたいになるのも美味しい。
面倒だからやらないけど。
「ふっふっふ肉団子よ……貴様の命運もここまでだ……」
肉まんというには少しかための生地だけど、まぁ気にするほどではない。
山積みになっているそれをひとつ取ると、結局膨らみすぎて他の団子がくっついていたので容赦なく、めりっとはがす。
あんたぁー、それはよしこの給食費。
うるせぇ、肉団子拳を極めるには金が必要なんだべらぼうめ。
一口で食べるには大きいそれにがぶりと噛みつくと、ほんのり甘いだけの生地の真ん中あたりで、なんか美味しいのがじゅわっていった。
……うむ、悪くない。
正確に言わずともまったく肉まんではないのだが、まぁ寝ぼけ半分の二日酔いの頭相手にならば、肉まん欲がどうにか誤魔化せるぐらいには肉まんっぽいナニかではある。
少なくとも目を閉じて食べたら、一瞬だけ肉まんと錯覚できるくらいには。
うん?なんか肉まんがゲシュタルト崩壊してきたぞ?
肉まんってどんなんだっけ。
三つほど食べたところで、はたと正気に戻る。
私が知る肉まんは、少なくともこんなに黄色くなかったはず。
あともっとふわふわしてたはず。
ええとそれから、それから……もっと大きい。
手のひらサイズの黄色みがかった小さなもふもふを見下ろし、物足りな気にそれをまふりと頬張る。
欲張って一度に大量に作ったせいで、生地は冷めて少しだけかたくなっている。
「……スーパー行くか」
これはこれで不味いわけではないが、少なくとも肉まんではない。
そのことに気づいてしまった。
あくまでもこれは〝肉まんっぽいもの〟
本物には叶わない。
おもむろに立ち上がり、外に出られるカッコに着替える。
残った〝もどき〟は、とりあえずラップして冷凍庫に入れておく。
財布を持つ。
鍵を持つ。
ああ、空はこんなにも晴れている。
「……行くか」
……本物を目指す旅へ。
ちなみに残った〝もどき〟は主人公が責任もって全部食べました。
次回更新は9/25です。




