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ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
11/52

夏と兄貴とラジオ体操

ラジオ体操って、真面目にやるとけっこう疲れますよね。

女性は3回、男性は5回のラジオ体操が、一日分の最低限の運動量になるそうで。


……運動不足だなぁ


 給料が出たからと久しぶりにぷらぷらと外飲みに出かけ、気が付いたら陽がのぼっていた。

 身体が酒で温まっているせいか、外気が涼しく感じる。

 いくら明日が休みとはいえ、少し飲みすぎたかも知れない。


 いや、もう今日か。


 家の近くでタクシーを降り、明け方のコンビニで冷たい飲み物を買う。

 以前はスポーツ飲料は吸収がいいから酒と一緒に飲まない方がいい、なんて言われていたが、実際のところ酔っているときは身体の水分塩分糖分が不足している。

 なので現在では、それらがいっぺんにとれるスポーツ飲料はむしろ二日酔いには効果的、というデータもあるそうだ。


 ペットボトルの中身を半分ほど一気に飲み干し、ほう、と一息つく。

 さて、帰ってゆっくり寝よう。


 少しだけ酔いが覚めた頭でふわふわと思う。足元がふらつくほどではないが、歩き出した拍子にまだいくらか中身が残るペットボトルがぼてりと手から滑り落ち、そのまま勢いあまってコロコロと転がっていく。

 待て待てとそれを追いかけながら、朝の爽やかな空気に乗ってどこかノスタルジックな音楽が流れていることに気づいた。

 近所の町会館か、学校あたりからだろう。

「……夏休みか」

 落としたペットボトルを拾い上げながら腕時計を見てみれば、もう六時半。

 確かに子どものころは、このぐらいの時間に朝ごはんも食べずに着替えとトイレだけ済ませて、会場までダッシュしていたっけ。

「あーたーらしーい、あーさがきた、っと」

 実家からいちばん近い会場は家から歩いてすぐのところにある町会館で、顔なじみのおっちゃんたちが見守る中、子供会のお兄さんお姉さんたちが先頭でお手本をしてくれていた。


 その中でもひときわ小柄な少年。

 誇らしげな顔をこちらに向けてめいっぱい腕を伸ばしているうちの兄は、身内のひいき目を考慮してもとてもカッコよかった。


 体操が終わり、なんとなく気恥ずかしくて兄がいる列とは違う列に並ぶ。

 少し残念そうな兄の顔。

 顔見知りのお姉さんにかすれたハンコをカードに押してもらい、兄を待つ。

 差し出された手は緊張で少し湿っていて、まだ朝食を食べていないお腹が小さく鳴く。


 家に着くと朝ごはん。

 パートに出かける前の母が、パパっと用意してくれたもの。

 目玉焼きだとかハムエッグだとかオムレツだとか、まぁ主に卵。あとサラダ。

 主食はパンだったりごはんだったり。

 それらを私たちが食べ始めるのを見守りつつ、母は出かけて行く。

 特に何事もなければ帰って来るのはだいたい夕方ぐらいで、それまでの時間を私たちはほとんど二人だけで過ごす。

 時には兄の友人が遊びに来ることもあったが、家に一人で残される私を心配してか、遊ぶ場所はたいがい家の前の路地。それか私でも歩いて行ける距離にある近所の空き地だった。

 お昼ごはんは母が二人分のお弁当を用意してくれていたのだが、ある年の夏休み、突然兄が一念発起した。


『おれが二人分のおひるごはんを作る!』

 

 電子レンジとトースターは使っても良いが、ガスコンロは使わないこと。

 包丁は使わない。ただしピーラーとキッチンバサミは使ってもよい。

 ごはんは朝のうちにお母さんが炊いておくからね。食パンも買っておくからね。


 確かそんなルールが課せられていたと思う。

 夏休みの自由研究として自身と妹のおひるごはんを作ることにした兄の作る〝おひるごはん〟は、そういったルールもあり、さほど大したものではなかった。

 そもそも小学生が作るごはんである。

 それこそ、納豆ごはんだとかたまごかけごはんだとかトーストにジャムを塗っただけのとか。ときどきピーナッツバター。

 それでも『おわんもってきて』とか『ジャムはどれにする?』とかそんなことを話しながらのおひるごはんは、母の作り置きしたお弁当をただ食べるのとは、また違った美味しさがあった。

 

 とはいえ、似たようなメニューの繰り返しは正直飽きる。


 それは兄も同じだったらしく、納豆ごはんにチューブの大葉を入れてみたり、卵かけごはんにマヨネーズを入れてみたりと味変をもくろんでいたが、食パンに中濃ソースを塗ってトーストし始めたあたりで、それも限界がきた。

 そこはせめてケチャップではなかろうか。当時の実家には、とろけるチーズの買い置きはなかったけれど。

 

 兄は頑張った。

 妹と、自分の自由研究のために。

 図書館で子ども向けの料理本を漁り、料理をする母親の背中を監視し、わからないなりに料理番組を見ながらメモを取った。

 そして到達した新たな領域。

『きょうは、なんと電子レンジをつかう』

 

 用意するのは、卵とハムとごはん。あとネギ。


 ネギとハムはキッチンバサミで刻む。

 大きなどんぶりに卵を溶き、醤油、うま味調味料を入れ、刻んだ具材と一緒に混ぜる。

『これにな、ごはんを入れて電子レンジでチンするんだ』

『にーちゃん、なにができるの?』

『へへっ、出来てからのお楽しみだ』

 二人並んで、レンジが鳴るのを待つ。


 あのころはまだ、レンジの終わりはチンだった。

 最近はなんかぴろぴろと、何の曲かよくわからないメロディが鳴るけれど。

 あっつあつになったどんぶりを、ミトンとか台ふきとか服のすそなどを総動員し、二人がかりでテーブルの上に運ぶ。

 のぞきこむと、固まって波打つ黄色い卵の上に、魚みたいにハムの欠片やネギが泳ぎ、ごはんのかたまりが小島のように浮かんでいた。

 いつのまにか兄がスプーンを持ってきて、それらを容赦なく突き崩す。

『じゃっじゃーん!たまごのチャーハンの出来上がり!』

 

 要するに卵かけご飯に具を入れてレンジでチンしただけなわけだが、当時の幼い私たちにとって、それはあまりにも先進的な料理だった。

 

 その後も兄は試行錯誤を繰り返し、電子レンジを駆使していろんな料理を作ってくれた。

 彼が小学校を卒業するころにはコンロや包丁も解禁され、レンチンチャーハンはいつしか幻の料理となった。

「チャーハンか……そういえばしばらく食べてないな」

 久しぶりに作ってみようか。

 

 冷凍ごはんならある。卵ももちろんある。

 大人になった今は、別にコンロを禁止されているわけではないが、あえてどんぶりと電子レンジで作ってみようか。

 今の兄ちゃんには絶対に作ることが許されない、禁断のメニュー。


「あ、でもネギないからカイワレでいいか。味付けは醤油もいいけど、めんつゆでも美味しいんだよなぁ……いやここはやはり初心にかえっ……ぬぇ?!」


 冷蔵庫の中身を思い出しながら歩いていたら思いっきり縁石を踏み外してしまい、なんとか怪我は免れたものの、さっき拾ったはずのペットボトルが、再びコロコロと転がっていった。

たまごチャーハンは仕上げに一味唐辛子(七味でも可)を入れても美味しいんですよ。

よかったら試してみてください。


次回更新は8/25です。

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