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ごはんとワルツを  作者: 明石家にぃた
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檸檬

センスのある副タイトルが思いつきません先生。

 身体が炊飯器になった気がする。

 ぬくぬくと表面はあったかいだけなのに、中はどんどこどんどこと容赦なく沸騰して熱い。

 いっそ私が炊飯器だったなら、きっと美味しいごはんが炊けるのに。


 そんなしょうもないことを考えながら、すっかりぬるくなった冷却シートを額からひっぺがす。

 半身浴でも出来そうな体温が半日も続くと、こうも頭がおかしくなるものか。

 

 昔は身体が弱かったらしい、と親に聞いたことがある。

 当時は兼業主婦だった母親は、しょっちゅうおかしな怪我をして呼び出しを喰らう息子と、しょっちゅう熱を出しては早退する娘を抱え、なかなかそれで苦労したという。

 

 それでも年齢を重ねるにつれ、だいぶ丈夫になった方だと思う。

 少なくとも私がこうして熱にうかされて寝込むのは、かれこれ学生時代ぶりだ。

 

 原因はわからない。

 疲れか、あるいはこないだ帰宅途中に雨に降られたせいか。もしくは先日、濡れた髪のまま寝落ちしたせいか。


 心当たりがありすぎるがそれはともかく。

 

 今日は元々休日だったので、仕事には穴を開けずに済んだことを喜ぶべきか、せっかくの休日に寝込んでいることを嘆くべきか。

 枕元に用意しておいた新しい冷却シートをぺそりと貼り、ぱたん、と再びベッドに沈む。

 お腹はすいているが、食欲はない。

 冷凍庫には作り置きのごはんがあるから、やろうと思えばおかゆなり雑炊ぐらいは作れるけれど、なんかもうめんどくさい。

 枕元に置いておいたペットボトルのスポーツ飲料は、すでに空になっている。

「あー、でも薬は飲まなきゃか」

 空腹状態では薬は飲むものではない、とはいうが、空腹でも飲まないよりはマシ、らしい。

 某解熱鎮痛剤などの胃に負担のかかる薬ならともかく、そうでない薬の大半は食後であれば飲み忘れが防げるでしょう、というだけのものだという。

 そういえば以前、腰痛めたときに処方された鎮痛剤。一緒に胃の薬も処方されていた気がする。

 どうやらそういうことらしい。


 要するに。

 四の五の言わず、薬はちゃんと回数を守って飲め、ということだ。


 重い体を引きずるようにして台所へ向かう。

 あ、起き上がったついでに、おトイレにも行っておくか。

 一応、買い置きのパック豆乳を一本飲み干してから、あらためて水で風邪薬を放り込む。

 すきっ腹が水分でたぷたぷしてきたが、空腹よりはマシだろう。

 牛乳はカルシウムが薬の効き目を阻害するらしいので避けておく。

 あとジュースもダメらしい。あっちは確か酸がダメ。

 コーヒーや紅茶などのカフェイン入りの飲み物もダメらしい。

 なのにお茶はオッケーなのは解せぬ。

 麦茶はともかく、ほうじ茶も決してゼロではないし、緑茶はめっちゃカフェイン入ってるのに。

 

 ベッドに戻ろうとして気づく。

 そういえばスポーツ飲料を切らしてた。

 それほど遠くないとはいえ、コンビニにまで行く気力はさすがにない。近くの自販機、スポーツ飲料あったっけ?

 

 まあいいか、作れば。

 

 よろよろしながら、いつもの戸棚を開ける。

 砂糖と塩は買い置きの残りがまだある。

 レモン汁……も、まだある。別になくてもいいけど。

 正確な分量は覚えてないけども、それはネットで調べれば出てくるだろう。


 ほんと、ネットは便利。

 真偽はともかく、調べればなんでも出てくる。


 計量カップにとりあえずはんぶん、ポットからお湯を入れる。

 えーと砂糖が大さじに二杯ぐらいと、塩が小さじに四分の……いいや、だいたいひとつまみちょい。

 別に処方してるわけじゃないんだから、その辺はもうだいたいでいい。

 どうせ飲むの私だけだし。

 レモン汁はあってもなくても構わないので、なんとなく味がする程度に適当に。

 水で薄め、空になったペットボトルに流し入れる。

「てってれー、経口補水液ー」

 余力があるうちにもう一回分の塩と砂糖を計量カップに入れておく。

 こうしておけば、あとは溶かして詰めるだけでいい。


 出来上がったのを、ひとくち飲む。

 砂糖を溶かすために使ったお湯のせいで、少しだけ生ぬるい。

 でも、なんだか懐かしい感じがする。


 放課後のフードコート。

 こうすればタダでジュースみたいなのが飲めるんだよ、とドヤ顔で笑っていたひとを思い出す。

 無料で汲める紙コップの水に、無料で置いてあるスティックシュガーと紅茶用のレモンのポーション。

 塾やナニか予定があるわけでもなく、部活がない日はまっすぐ家に帰っているという私を無理やり連れ回していた彼女は、私の部活の先輩だった。

 

『君はもっと遊ぶべきだ。遊び方なら私が教えてあげる』


 ゲーセンも、カラオケも、彼女が教えてくれた。

 彼女が得意とする太鼓のゲームやダンスのゲームは、リズム感のない私はクソみたいなスコアしか出なかったけれど、クイズを解きながら進めていく対戦ゲームは、幼いころ図書館がお友だちだった私にとってそれほど難易度は高くなかった。


 

 爆速でゲームをクリアしていく私をキラキラした目で見つめていた彼女は、今どうしているのだろう。


 地元ではない遠くの大学に進学し、学生のころは三日と置かず個別設定された着メロを鳴らしていた彼女からの連絡は、いつの間にか途絶えた。

 それでもいつかまたしょうもないお誘いが来るのではないか、と、変なリンクや企業のダイレクトメールしか届かなくなったアドレスを、未だに変えられないでいる。

 

 出来立ての経口補水液もどきを持ったまま、ベッドに戻る。

 ぬるいはずのそれが冷たく感じるぐらいには、身体はまだほかほかしている。

 明日は勤務の予定だから、出来れば朝までには熱が下がっていて欲しい。

「もう少し寝とくか」

 火照りのせいか、とろん、と、普段よりも早々にまぶたが落ちる。

 

 あの人は、歌もめちゃめちゃうまかった。

 あの人は、笑顔がきらきらしていた。

 あの人は……


 熱にうかされた今日はきっと、私は彼女との夢を見る。

次回更新は7/25です。

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