第8話 新しい日常
俺が両親に前世のことを告白してから1週間が経った。告白してから1日後、2日後は少し……いや、かなり浮かれてしまっていたが、最近は落ち着きを取り戻した。
――今考えると、本当に何をやっていたんだ俺は。
そう思ってしまうぐらいには、テンションがおかしかった。ずっと「ありがとう!」とか「すごい!」とか……まあ、今は冷静になった。それでいいじゃないか。そういうことにしておこう。
そして今、俺はアリアと“エスト”をしている。エストとはチェスに似たこの世界ではメジャーなボードゲームだ。一週間前に初めてやった時にアリアがハマったらしく、それからは毎日のようにやっている。アリアとの遊びの時間も、“楽しい”と感じるようになってからは大切にしているのだ。
目の前のアリアを見ながらそんなことを考えていると、アリアが「よしっ!」と言って次の一手を打った。
「つぎは、りあむしゃまのばんですよ」
「ああ、分かった」
――へぇ、よく見えているな。
このくらいの歳なら、目の前の駒をすぐに取ってしまうものだと思うが、それが罠であると見抜いて避けるとはな。
目の前のアリアは戦うたびに成長している。最初は駒の動かし方も知らなかったのに、あっという間に覚えて、今では読み合いもできるようになっている。
だが、俺は前世でチェスの定跡や手筋を知る機会があった。それを応用すれば、まだまだ負けることはないだろう。
少し考えて俺が駒を動かそうとすると、アリアが話しかけてきた。
「あの、りあむしゃまってすごく、かわりましたね?」
「そんなに変わったか?」
「はい! まえまでは、なんだかくるししょうでしたが、いまはとてもたのししょうです! それによく、わらうようになりました!」
「ははは、そうか。アリアにも苦しそうだと思われていたのか……」
――本当によく見えているな。
「えっと……ちがいましたか?」
俺が笑ったからか、不安そうにアリアが聞いてきた。
「いや、その通りだ。よく分かったな?」
「ずっとみてましたから!」
「そうか……ところで、前と今、どちらがいいと思う?」
「いまのほうがいいです!」
「そうか、それは良かったよ」
即答してくれたアリアに、思わず俺は笑顔になった。
「――よし! これでどうだ⁉」
「ああああ! まってください! だめぇぇ!」
「待った、は無しって言っただろう? ということで、これで終わりだ!」
「うわぁああぁん!」
ちなみにエストは俺の勝ちだった。
◇
唐突だが、俺は今、ある研究を始めている。その研究のテーマは――ゴーレムの作成についてだ。
この世界に存在するゴーレムは大きな岩の人形がほとんどで、人間の形をしたゴーレムはいない。だから俺の目標は、人間そっくりなゴーレムを作ることだ。所謂、ホムンクルスの作成を目的とした研究だな。どうしてそんな研究を始めたのか、と聞かれたら俺はこう答える。ただの趣味だ、と。
俺は趣味らしい趣味を持っていなかった。読書も情報収集の面が大きかったし、訓練なども強くなるためであって趣味とは言い難い。せっかくなら趣味の1つぐらい持ってみたらどうか、と親に言われたので始めてみたのがこのゴーレム研究だ。
なんとなく始めたゴーレムの研究だが、意外にこれが面白いのだ。それを理解してもらうにはまず、ゴーレムの基本知識が必要だろう。
まず、ゴーレムの作成には大きく分けて2種類がある。
1つは、直接魔法を使って制御する方法。もう1つは魔石を核とし、魔術を使って土や鉄などでできた人形にプログラミングする方法だ。
1つ目の方法は単純だ。魔法で土を操るだけだからな。だが、直接制御する分、術者への負担が大きくなる。それにずっと制御し続けるなら、それだけ魔力を消費してしまう。
それに比べて2つ目の方法なら、負担は大幅に減少する。ただ、複雑な動きをさせにくいというのが難点だ。だが「動け」「止まれ」の命令を聞くことができれば、立派な運搬手段、移動手段となりうる。そのため、鉱山などでは重宝されている。
ちなみに、魔石とは魔力のこもっている石のことで、魔物の体内や魔力の濃い辺りで採ることができる。そして、魔術とは言わばプログラミングで、そのエネルギーとして魔石が使われている。つまり魔石が電池の役割を担っているということだ。そして、魔術で作られた物は一般に、魔道具と呼ばれる。
そして今、俺が研究しているのはもちろん2つ目の方法だ。
人間らしい動きができる見た目も人間そっくりな人形作りと、魔術によるAIの作成。この2つが主な研究内容だ。
できるだけ人間に近い人形を作るために、俺は筋肉や骨や関節、そして皮膚や血管などの細部まで再現しようと思っている。当然難易度は高いが、前世で人体の構造については深く学んでいたので、不可能ではないだろう。そしてなにより、面白い。
また、魔術でAIを作るためには、当然だが魔術を勉強しなければならない。魔術をしっかり理解すれば、AIの作り方は知っているので、どうにかなるのではないだろうか、と考えている。幸い、家には本がたくさんあるし、母さんという頼もしい相談役もいる。知識を身につけて、実際に魔術で魔道具を作る。この勉強もなかなかに面白い。
――今日は、どんなことから試していこうかな?
そんなことを思いつつ、今日も研究を始めた。
◇
「はぁっ!」
――カァンッ! カンカンッ! カァンッ!
木剣がぶつかり合い、乾いた音を響かせる。
俺は今、父さんと模擬戦をしている。俺が前世についてを告白してからは、毎回の訓練でこうして模擬戦をすることになったのだ。
いくら気操術で鍛えている身体とは言え、まだ俺は4歳児。父さんとの身体能力の差は歴然なので、父さんは〈強化魔法〉なし、というハンデをつけてもらっている。
ちなみに〈強化魔法〉は〈無属性魔法〉の1種で、体内の魔力を操作して身体能力を高める魔法だ。また、魔力を操るだけで扱える魔法は総じて〈無属性魔法〉と呼ばれる。
そんな一切強化を施していない父さんに対して俺は、気操術と魔法の両方で身体能力を強化している。最初はそれぞれの力が反発しあったが、訓練の甲斐あって今では同時に扱うことができるようになった。
……それだけ強化しても父さんより身体能力は低い。竜人族は身体能力に優れた種族なので、その差もあるのだろう。前世で培ってきた技術のおかげで、辛うじて試合になっている感じだ。
「ふんっ!」
――カァンッ! カランカラン……。
「くっ……」
俺の手から木剣を弾き飛ばされた。身体能力ばかりを言及したが、〈剣聖〉と呼ばれるほどであるから当然であるものの、剣術の実力にも明白な差が表れている。
――これからその差を縮められたらいいのだが……それは今後の鍛錬次第か。
そして木剣を手放させられて模擬戦終了……とはならない。俺は素手のまま父さんに接近する。すると父さんも木剣を投げ捨てて構えた。
――さあ、ここからは体術の時間だ。
「はっ!」
父さんの蹴りが俺を襲う。このまま受けたら俺は吹き飛ぶだろう。だから――
「ふっ!」
――俺の小さい身体を生かして、父さんの股下をスライディング。そして後ろをとった俺はそのまま攻撃に移ろうとして、
「!」
父さんが、蹴りの勢いのまま体をひねり、正拳突きを俺に放った。
それに対し、俺は横に回転しながら受け流し、そのままの流れで父さんの腕にそって跳び上がる。
そして父さんの顔に回し蹴りを放つも……首を傾けるだけで躱されてしまった。
跳び上がり、無防備となった俺にまた拳が迫る。
今度はその拳の衝撃を利用して後方へ飛んでいき、一旦距離をとった。
さて、ここで一回仕切り直しだ。
そして、また俺は父さんに駆け寄り――
「はぁ、はぁ……」
俺は疲れ果てて、地べたに大の字に寝転がる。あの後なんとかして腹に一撃を与えられたが、それ以外はすべて対応された。
「お疲れ様、リアム」
父さんがそう言って汗を拭くタオルを渡してきたので、俺は起き上がって受け取った。こっちは全力だったのに、父さんは余裕そうだ。なんだか納得がいかない。いや、理性では当たり前だと分かっているが、感情では納得いかない。
「父さんは余裕そうだね?」
「そりゃそうだろ。親としての威厳は保たねばな」
「むぅ」
「はは! でも俺は一撃も入れさせないつもりだったんだぞ? やっぱりリアムはすごいな!」
「えへへ」
頭を撫でられて、思わず頬が緩む。
アリアと遊んで、ゴーレムの研究して、訓練して……それが俺の新しい日常だ。
前とは比べ物にならないぐらい、毎日が充実している。
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