第5話 家族 (1)
私は4歳になった。4歳になってからは貴族に必要な礼儀作法や文字などの、簡単な勉強をやり始めた。
基本的に母が教師役で、アリア――アルトリアをそう呼ぶようになった――と一緒に学んでいる。ちなみに授業内容は、前世の経験と日々の読書のおかげで簡単に理解できている。
私の飲み込みが異常に早いので、よく母は「うちの子は天才ね!」と言っている。天才の一言で納得してしまうのか……と思わなくもないが、そちらの方が都合がいいので問題はない。
そしてアリアも、飲み込みが遅いわけではなく、むしろ早いほうだ。それに加えてとても素直で楽しそうに授業を受けるので、母にとても可愛がられている。
また私は、勉強に加えて剣術や魔法もしっかり習うようになった。あまり幼いと訓練らしいことは何もできないので、最低でも4歳になってから剣術や魔法を習っていくのが当たり前らしい。もちろん剣術の先生は父で、魔法の先生は母だ。
そして、今からは剣術の時間である。
「よし! まずはランニングをしようか!」
「はいっ!」
剣を長時間振るうためにも、体づくりは必須だ。とくに実戦において一番重要なのは体力。なのでこうして授業の始めは毎回ランニングをすることになっているのだ。
……とはいえ、気を使って体を鍛えてきたので、すでにとても4歳児だとは思えないほどの身体能力はあるがな。
最初の授業で身体能力測定があり、想定外の結果を出した私は父に「すごいな! これならすぐに剣術をやり始めても問題なさそうだ!」と、特に疑われることもなくあっさり受け入れられた……まあ、あれこれと聞かれるよりはマシか。
そして今は重りをつけて走っている。こうしたほうがいい鍛錬になるだろうという、父の判断からだ。
それが終われば実際に剣を振るう練習だ。最初はまっすぐと振り下ろすことを繰り返す。それが終われば右上から、左上からと振り方を変えていく。
「うーん……相変わらず、何も指摘することがないな。どうしてそんなにできるんだ?」
「いつもみてたからね!」
「見てただけでここまでできるとは……やはりリアムは天才だな!」
――チクリ
ああ、まただ。胸が痛い、苦しい。かなり前からその傾向はあったが、日に日に痛みは強くなっていく。
「どうした? 大丈夫か?」
おっと、顔に出てしまっていたか。
「だいじょうぶ、だよ」
その痛みを我慢して顔に出さないように注意しながら、私はそう言った。
「そうか? ならいいんだが……具合が悪ければ、いつでも言えよ?」
父が私の目線までひざを曲げ、心配そうに私の顔を覗きながらそんなことを言う。
「うん、わかった」
――チクリ
この痛みの理由が何なのか分からないが、別に身体に異常があるわけではない。しかしなぜか、両親と話していると、この痛みに襲われるようになった。
なら……両親と話さなければ、痛みを感じることもなくなるのだろうか?
◇
今度は魔法の時間だ。私は今、魔法訓練場で母の授業を受けている。
「まずは、復習からね。魔法には4大属性と呼ばれるものがあるけど、その4つの属性は何でしょう?」
「“ひ”と“つち”と“みず”と“かぜ”!」
「そう! それらが4大属性ね。ほとんどの魔法使いはその中から自分にあった1つを選んで、習得していくわ。4大属性の他にも〈氷属性〉や〈光属性〉のような属性もあるけど、適性がある人は4大属性に比べて少ないのよ。まあそれは置いといて、今日はリアムの魔法適性の検査をしようと思っているの」
「やっとぼくも、まほうをつかえるようになるの⁉」
「ええ。まずは得意属性を調べて、その属性の魔法を習っていく流れね」
「やったぁ! で、どうやってしらべるの?」
――チクリ
「それは全部の属性を試すしかないわ。この前、魔力を感じ取る訓練と動かす訓練をしたわよね?」
「うん!」
「じゃあ、まず魔力を手に集めて」
私は指示通りに、体の中にある魔力を手に集める。魔力を動かす感覚は、気操術を使う感覚に似ていたので、比較的簡単にできるようになった。
「じゃあ、その状態で火をイメージしながら〈創火〉と唱えてみて」
私がイメージするのはろうそくの火。
「――〈創火〉」
すると手の上に、思い描いた通りのろうそくのような小さい火ができた。そして同時に、身体から魔力が少し抜けていく感覚があった。なるほど、これが魔法を使う感覚か。
「いきなり成功するなんてすごいわね! しかも火が安定しているわ。これなら問題なく〈火属性〉は使えそうね。じゃあ、次は石をイメージしながら〈創石〉と唱えてみて」
今度は、鏃をイメージしながら唱えてみる。
「〈創石〉」
すると手の上にイメージした通りの鏃ができた。
「うんうん、〈土属性〉の適性もばっちりか。じゃあ次に水を――」
そこから残りの〈水属性〉と〈土属性〉も調べた。その結果――
「まさか、4つともに抜群の適性があるなんて……」
そう、全ての属性が問題なく使えたのだ。
「やっぱり、リアムは天才だったのね!」
「ぜんぶのまほうがつかえるのって、めずらしいの?」
そんな私の問いに、少し悩んでから母は答えた。
「うーん、使うだけなら訓練すれば誰でもできるの。私も一応、全属性を使えるわ。でもそれは簡単じゃなくて、苦手な属性は長い時間をかけないと使えるようになれないの。中途半端に全属性が使えるようになるよりも、得意な属性1つを極めたほうが強くなれるから、全属性を使う魔法使いは少ないわ」
なるほど、全属性を使おうとしたら、器用貧乏になりやすいのか。
「でもリアムは、4つ全ての属性に適性がある。それも抜群のね。だからリアムはやっぱり天才なのよ! これなら好きな属性から練習することができるわ! それに普通の人が1つの属性を極める間に、あなたなら4つ全ての属性を極めることができるかもしれないわね! ……でも今日の授業の時間はここで終わりね。次の授業からどの属性から練習したいかを、考えておいてね」
「はーい!」
――チクリ
◇
その日の夕食の時間。両親は、私がいかに天才かを話し合っていた。酒を飲んでいることもあってか、2人とも饒舌だ。
「リアムはな! 剣術を始めてあまり経っていないとは思えないぐらい、剣術の基礎ができているんだぞ! 将来は俺より強くなるに違いない!」
「それはすごいわね。でも魔法だってすごいのよ! リアムは4大属性全てに、抜群の適性があるの! この子がどこまで成長するのか楽しみだわ!」
「まったく、その通りだ!」
「それに勉強だって――」
「何⁉ それはすごいな――」
「それでね――」
――チクリ
痛みがしたので、私は思わず胸に手をやってしまう。
――痛い、苦しい。この苦しみから逃げたい。どうすれば逃げられるだろうか……?
そんなことをつい、考えてしまった。
「どうしたのリアム? 大丈夫?」
「大丈夫か? リアム?」
――ああ、この2人のせいで私はこんなに苦しんでいるのか。こいつらがいなければ、私は、私は……!
ぐつぐつと心の中に黒い感情が芽生る。
……ふと、気づくと、2人が身構えていた。そして、2人の顔に見えるのは“恐怖”だろうか? それとも“驚愕”だろうか? どちらにせよ、私を警戒しているのは確かだ。
――何故? ……ああ、殺気が漏れたのか。
そんな2人を見て、はっと我に返る。
――待て……私は、今、何をしようとした?
――グサリ
これまでで一番の痛みに襲われる。そして、途端に自分のことが分からなくなり、私は――部屋を飛び出した。
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