第4話 親ばか (2)
「まあ、これはどういう状況なの? あなた?」
母が笑顔で父にそう尋ねる。顔には笑顔を浮かべているものの、怒気が全く隠せていない。それに対し少し挙動不審になりつつ、父は慌てて答える。
「これは、そう。たまには真剣にやらなければ、勘が鈍るからな。うむ、そう、決して調子に乗っていたわけでは――」
「そんなこと言って、どうせリアムにいい恰好を見せたかっただけでしょ?」
「……はい」
母にぴしゃりと言い当てられ、父はごまかすことを諦めたようだ。そして怒られてしまったからか、父は少ししゅんとなってしまった。
そんな父の様子にため息をつきながら、母は続けて言う。
「まったく、あなたはもう少し自重を覚えるべきよ? 毎回毎回、こんなに負傷者を出してどうするのよ! それに、自分だけいい恰好を見せようとするのはずるいわ! 私だってカッコいいところを見せたいわよ!」
「奥様、本音が漏れてますよ?」
「はっ!?」
クララさんに注意されて、慌てて母は口を手で覆う。そんな母を見て、父は逆に問いかける。
「ほう? つまりは俺に嫉妬していると?」
「くっ……そうよ! 認めるわよ! はぁ……ということでリアムを借りるわね?」
一瞬で落ち着きを取り戻した母に面を食らいつつ、父は「お、おう」となんとも情けない返事をした。
「さて、じゃあ行きましょうか、リアム」
「ん? どこにいくの?」
「魔法訓練場よ!」
“魔法訓練場”とは強力な魔法にも耐えられるようになっている特殊な訓練場で、滅多に壊れることがないらしい。基本的に魔法使いはそこで訓練をする。
「まほうを、みせてくれるの?」
「ええ、パパより凄いものを見せてあげるわ!」
「あ、じゃあ俺も行く――」
「――グレイス様? 何ですか、この惨状は?」
「オ、オル……違うんだ。これは、そう。勘を鈍らせないために――」
「言い訳は結構。とりあえず、正座してください」
「いや、あの――」
「正座」
「……はい」
騒ぎを聞き付けたのか、“オル”こと“オルランド・コルサ”さんがやって来た。そして、父のさっきと同じような言い訳を一刀両断し、正座させた。
「じゃあ、パパのことは置いて行きましょうか」
「え? いいの?」
「もちろん。待つ理由なんてないわ。クララも行きましょう」
「分かりました、奥様」
そして、私たち3人は魔法訓練場へ移動した。
◇
魔法訓練場に着くと、すでに何人かがそこで訓練をしていた。そして、私たちが来たことに気づいた彼らは慌てて膝をつき、臣下の礼をする。
「今日はリアムに魔法を見せに来たの。的の用意をお願いできるかしら」
「はっ!」
ハキハキと返事をした彼らは、何だか嬉しそうだ。どうしてだろう? と思い首をかしげていると、私が不思議そうにしていることに気付いたのか、クララさんが教えてくれた。
「滅多に奥様はここに来られないのですよ。だから、運良く奥様のーー〈賢者〉の魔法を見る機会を得られた彼らは、あんなにも喜んでいるのですよ」
〈賢者〉とは母の二つ名で、圧倒的な魔法の技術と、優れた論文をいくつも世に出してきたほどの知識からつけられたものだ。ちなみに帝国にある国立第一学園の学園長だったこともあり、家に本が山ほどあるのはそれが影響している。
「準備ができましたっ!」
「ありがとう、ご苦労様」
そんな話をしているうちに、的の準備が終わったようだ。4つの木で作られた的が並べられている。さて、どんな魔法を披露してくれるのかな?
「今回は私の得意な〈氷属性〉の魔法を見せるわね。まずは――」
「奥様」
「どうしたの、クララ?」
「くれぐれも、くれぐれもやりすぎないで下さいね? 訓練場を壊すようなことは絶対にならさらいよう、よろしくお願いいたします」
「わ、分かってるわよ。ちゃんと手加減するわ」
フェレスさんの疑うような眼差しに、母は思わず顔を背けた。あ、これ絶対に全力でしようとしてたやつだ。
母はごまかすように咳払いを一つ。そして「じゃあ気を取り直して――」と続ける。
――その瞬間、母の纏う気配が変わった。
「まずは、あの的から――〈氷矢〉」
母が手を挙げると、1本の鋭い氷の矢ができた。安全のために、と10メートルほど離れた位置に立っていたが、その冷気はこちらまで伝わってきた。そして母が手を下すと、高速で氷の矢が的に飛んで行き、そのまま的の中心を貫通して後ろの壁に衝突した。「パリンッ!」という音とともに氷の矢が砕け散る。
……私は動体視力を鍛えているし、〈高速思考〉もあるのではっきりと軌道を視認することができたが、一般人だと「手を下したと思ったら、壁で砕け散った」ぐらいしか認識できないのではないだろうか? それほどの速度だった。
私が魔法に感心していると、母が「次は、残りの3つね」と的を指さした。
そしてまた母は手を挙げて――
「〈氷矢〉」
――事も無げに3つの的の中心を同時に穿った。
しかも今回は、途中で矢の軌道を何度も変えていた。速度は先ほどと同じにも関わらず……これでは瞬時に対応するのは、かなり難しいだろう。
そして母が「ふぅ……」と息を吐くと、纏う気配が元に戻った。
「どうだった? リアム?」
「すごいね! とてもはやかったし、まとのまんなかにあたってる! それも3つどうじに!」
「ふふふ、やろうと思えばもっと多くの的でも同時に当てられるわよ!」
「え? すごい! すごいね!」
「でしょー?」
「うん!」
母のドヤ顔がすごい。とても満足げな様子だ。こういうところは父と似ているな。
すると母はいきなり、両手をパンっと合わせた。どうやら何かを思いついたようだな。
「ちょうどいい機会だし、少し魔法のお勉強をしましょうか」
「うん! する!」
どうやら簡単に、魔法の授業をしてくれるらしい。本でだいたいの知識は得ているが、話を聞くことでさらに理解が深まるだろう。
「じゃあ、魔法を使うために必要なものはなんでしょうか?」
「うーん、まりょく?」
「正解っ! 大気中の魔素を自分の体内に取り込むことで、自身の魔力は向上するわ。そしてその魔力を利用することで、私たちは魔法を使うことができるの。そして、魔法の発動には2段階あるわ」
「2段階?」
「そう、具体的には“創造”と“制御”よ」
「どうちがうの?」
「“創造”はこんな感じに、〈氷矢〉」
そう言って母は手の上に氷の矢を創り出した。
「魔力をエネルギーにして何かを創ることよ。そしてこれを――」
そう言いながら手を壁の方に振る。すると氷の矢は壁に飛んでいき、砕け散った。
「――こんな感じに操ることを“制御”と言うの」
「へぇー! ところで、あいすあろーっていわないと、まほうはつかえないの?」
「いい質問ね! 答えはこうよ!」
そして今度は、何も言わずに氷の矢を創り出した。
「何も言わなくても、魔法は使うことができるの」
「じゃあ、どうしていうの?」
「それはね、言ったほうがイメージしやすいからよ」
「いめーじ?」
「そう、魔法を使うにはイメージが大切なの。しっかりとしたイメージを持つほど、効果が上がるわ! ちなみに何も言わずに使う魔法を“無詠唱魔法”と言うのよ」
「へぇー、はじめてしったよ」
もちろん嘘である。“創造”も“制御”も“無詠唱魔法”も本で読んだことがある。ちなみに“無詠唱魔法”を論文として発表したのが母だ。それ以前は“詠唱魔法”という「火よ、我が敵を焼き払え! 〈火球〉!」と言って発動するようなものが主流だったそうだ。そして、どのような詠唱をすれば効果が上昇するのかについてばかりが研究されてきた。
そんな中、母は詠唱ではなく術者のイメージにより効果は上がると主張した。当初は馬鹿げた考えだと一蹴されたが、次第に受け入れられていき、それが正しいと認められてからは長々と詠唱する魔法使いは激減したそうだ。戦闘中にゆっくり詠唱している余裕なんて無いからな。それでも詠唱することでイメージしやすくなるのも確かだ。だからこそ、大規模な魔法などは長い詠唱する場合もある。
この母の主張によって、ガラッと魔法に対する見方が変わった、このことは「魔法革命」と呼ばれている。このパラダイムシフトをきっかけに、母の知名度はかなり高まったようだ。
「何か聞きたいことがあったら、いつでも聞いてね? 魔法のことなら、なんでも答えられるわよ!」
「うん! またきくね!」
それにしても、父は〈剣聖〉で母は〈賢者〉か。本当に私は、ものすごい両親のもとに産まれたなと思う。
「きっとリアムは、私よりもすごい魔法使いになれるわ!」
……あと、本当に2人とも“親ばか”と呼ばれる部類だな、とも思う。
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