第3話 親ばか (1)
私はこの前、3度目の誕生日を迎えた。そしてハイハイを卒業して歩けるようになると、行動範囲も広くなり、この家の探検なんかをするようになった。
予想はしていたがやはりこの家は貴族、その中でもかなり身分の高い辺境伯のようだ。当然ながら家も身分にふさわしき大豪邸。使用人もそれに伴ってそれなりの人数がいる。
その中でも母の専属メイドになっているのが、獣人族のクララ・フェレスである。彼女は3年前にアルテーン家に来たらしい。私が産まれる少し前のことだな。
新米ながら礼儀作法は完璧で、その他の能力も高かったことを母が気に入り、専属にしたそうだ。また、彼女には私と同い年の娘がおり、子育ての話などをして意気投合したことも専属にした1つの要因だ。
そんなクララさんの娘――アルトリアとは何度も会っている。アルトリアは初めこそ緊張した様子だったが、すぐに慣れたようだ。それからは会うたび「おままごと」などの遊びをするようになった。私は別に子供嫌いというわけでもないので、アルトリアに付き合っている。
両親からすると、自分の子供に年の近い友達を作ってやりたいらしい。私は別に“友達”というものが欲しいわけではないが、特に理由も無いので邪険には扱っていない。
そして、1歳の時からしていた、気や“魔素”――魔法のエネルギーをそう呼ぶらしい――を体内に集めることやディアからもらった能力の鍛錬、気配察知能力の鍛錬などは今もしっかりと続けている。またそれ以外にも最近、新しい日課ができた。
――さて、今日もまた“あそこ”へ行こうか。
部屋にいるメイドに移動することを伝え、部屋から出て長い廊下をしばらく歩き、その大きな扉を開ける。
そして目に入ってくるのは無数の本……そう、ここは書庫である。それもかなりの規模のものだ。その蔵書の数はゆうに100万を超える。私はここを見つけてからというもの、ほぼ毎日通っているのだ。さすがに専門用語など、まだ知らない言葉もあるがその時は辞書を使いつつ読んでいる。
……速読は暗殺者にとって、必須スキル。そのノウハウと〈高速思考〉を生かし、パラパラとめくっているだけのようなスピードで読むことができる。そのおかげで、一気に大量の本を読めるのだ。
さてここで、この世界にある5つの国について、簡単に説明しておこう。
まず、今いるこの国が大陸の東に位置している「クルアウィン帝国」だ。皇帝が国の頂点におり、実力を重んじる国である。
そしてその帝国の北西に位置する国が「アンカリフ獣王国」である。名前からも分かるように、この国の住民のほとんどが獣人である。また、この国も帝国と同じように実力が重んじられる。ただし、帝国よりも武力を重要視するようだ。そんな違いはあるものの、同じ実力主義ということもあり国同士の仲はいいらしい。
そして帝国のちょうど西にある国が「アルファリア聖王国」だ。この世界で一番メジャーな宗教である“ヴィクシム教”の総本山。そのため、司祭階級が貴族の上に立っている。また、国のトップは教皇だ。
ちなみにヴィクシム教は別名“勇者教”であり、“ヴィクシム”とは初代勇者の名前である。魔王による危機から人々を救った救世主である勇者は、神の使いとされ、人々に崇められている。
その聖王国の南にある国が「ソロナテヌ合衆国」だ。国とは言っても、エルフ族や竜人族の部族が集まってできているものであり、王がいるのではなくそれぞれの族長が治めている。また、私の両親もここ出身だ。
最後の国は、獣王国の西に位置する「ケラフェス王国」だ。鎖国的であり情報がかなり少ない。ここから亡命してくる人もいるらしく、あまりいい国だとは言えないだろう。
以上5つが、この世界の国だ。魔物という脅威が存在するこの世界では、人同士が殺しあってる暇はないのだろうか? 国家間での戦争は現在起きていない。
そして、魔物という“敵”がいるからこそ、この世界では“強さ”が尊重される傾向がある。
……私が前世で習得した技は、基本的に対人戦を想定している。なので、新しく対魔物戦での戦い方を学んでいく必要があるだろう。だが、今の身体ではろくに訓練もできない。実践するのは成長してから、ということで今は魔物の情報を集めるだけだ。
幸いこの書庫には、魔物の資料もたくさんあるので、情報を集めることに苦労はしないだろう。
◇
書庫での情報集めが一段落したところで、私は訓練場へ向かった。訓練場は主に騎士たちが使っており、対魔物戦の訓練をするときもあれば、対人戦の訓練をすることもある。どちらにせよ、イメージトレーニングをするのに適しているのは間違いないので、たまにこうして見に行くのだ。
その訓練場ではちょうど、アルテーン家の保有する騎士たちが訓練しているところだった。すると、私が来たことに気づいた父がこちらにやってきて、私をひょいと抱き上げる。
「リアム! 今日も見学するのか?」
「うん! きょうもみとくね!」
「そうか! 偉いなー!」
何が偉いのかはよく分からないが、この父、めちゃめちゃにやけているな。何がそんなに嬉しいんだろう、と思ってしまうほどにニッコニコだ。そんな私たちの様子を、微笑ましそうに騎士たちが見ている。なんともむずがゆい気分だ。
それと私の口調につっこみを入れたやつ、怒らないから出てきなさい。別に私は、ふざけているつもりはないぞ? 年相応な言動を心掛けているだけだ。そのような反応は甚だ遺憾であると主張したい。
……いや、読書のスピードとか色々自重してないことはあるが、せめて話し方ぐらいは3歳児を意識しようと思う。気味悪がられると色々不都合なことが出てきそうだからな。
私がそんなことを考えていると、意気揚々と父がこう言った。
「よし! パパ、張り切って戦うから、しっかり見てろよ!」
あ、まずい。このパターンか。ほら、騎士たちも全員ギョッとしているじゃないか。できればイジメるのも大概にしてほしいところだが……でも、ここで断ると可哀そうなぐらい落ち込むんだよなぁ。仕方ない……騎士たちよ、ぜひとも頑張ってくれたまえ。
「うん! しっかりみる!」
私がそう言うと父は私を下ろし、団員たちの方を振り返って実に楽しそうな笑顔で、こう言った。
「じゃあ、全員! 俺にかかってこい!」
しかし、誰も襲い掛かろうとしない。耳を澄ませてみると「お前から行けよ」「嫌に決まってるだろ。そう言うお前が行ったらどうなんだ」「は? お前、俺に死ねと言うのか?」という会話が聞こえている。
気持ちは分からなくもないが、誰も行かないと――
「誰も来ないのか? ならこっちから行くぞッ!」
ほら、ものすごい速度で騎士たちに襲い掛かっていった。攻撃をさっさとしておけば、こうも積極的に攻められることもなかっただろうに。
「クソっ! こうなったらやってやらァ!」
「フッ、甘いわ!」
――ボカンッ!
「ギャァァァ!!」
あ、早くも1人が吹き飛んでいった。
……そこからはまさに蹂躙だった。八方から一斉に攻撃をされても、そのすべてを一振りで吹き飛ばす。完全な死角からの攻撃も、背中に目がついているかのような正確さで受け流し、振り向きざまに吹き飛ばす。木剣を投擲されれば、その進行方向を自分の剣でクルっと器用に180度回転させ、投げた本人に打ち返す。
訓練場にいた騎士が全員倒されるまでに、あまり時間はかからなかった。
ーーさすがは〈剣聖〉だな。
〈剣聖〉とは父の二つ名で、その圧倒的な剣術の技量からつけられたものだ。知らない人がほとんどいないほどの有名人であり、父が題材の本までもが世に出ているらしい。
そして、この地獄絵図を作り上げた本人は満足げな表情だ。私にいい恰好が見せられたと思っているのだろう。
「ふふん、どうだリアム! パパは強いだろう! すごいだろう⁉」
まあ、うん。素直にすごいとは思うぞ? でも怪我人をこんなに出してどうするんだ……後で怒られても知らないぞ?
そんな内心は隠して、まるで興奮しているかのように私はこう言った。
「うん! さすがパパだね! ぼくもそんなにつよくなれるかな?」
憧れていますアピールをしたことで、父のドヤ顔がさらにすごくなってしまった。
「ああ! なれるさ! なんせパパの子だからな!」
……これを親ばかと言わずしてなんと言うのだろう。
私があきれていると、2人の気配が近づいてきた。そちらを見てみると、そこには母とクララさんがいた。
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