第2話 転生
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その日、アルテーン家にいる誰もが落ち着かない様子だった。
もちろんそれは、アルテーン家当主――グレイス・アルテーン辺境伯も例外ではない。むしろ、一番緊張しているのが彼である。
しかし、それは当然のことと言えよう。なぜなら、彼の妻――ティスア・アルテーンの陣痛が始まり、いつ子供が産まれてもおかしくない状態だからだ。
ずっと待ち望んでいた子供の誕生。グレイスは自分の持つ権力や人脈をフル活用し、万全を期している。しかしそれでも、彼の不安は消えることはない。むしろ時間が経つにつれ、不安は積もる一方だ。
部屋に入り見守りたいが、立ち会い出産を妻は望んでいない。そもそも、この時代に立ち会い出産をする家庭はほとんどないのだが。
どうしようもない不安から、妻のいる部屋の前をうろうろとグレイスは歩き続ける。
その様子に苦笑いしながら、彼の右腕でありこの家の執事長であるオルランド・コルサが声をかける。
「少しは落ち着いたらどうですか? お気持ちはお察ししますが、グレイス様が今できるのは祈ることだけですよ」
「それは、分かっているが……もう何時間も経っているのだぞ? それに今回がティスアの初めての出産だ。落ち着いていられるわけないじゃないか」
たまに聞こえてくる妻の苦しそうな声に毎回ビクッ、としながらグレイスは子供の誕生をひたすらに待つ。その表情は自分の無力さを悔やんでいるかのようだ。
「とりあえず、気持ちを落ち着かせる効果のあるハーブティーを入れますね」
「ああ、ありがとう」
グレイスが椅子に座って、ハーブティーを飲みながらその時を待っていると、部屋から「おぎゃあ、おぎゃあ!」という元気な声が聞こえてきた。
「産まれたのか!?」
バッ! と立ち上がり、部屋に駆け込もうとするグレイスを、コルサが引き留める。
「ちょっと待ってください! 誰かが部屋の中から出てくるのを待つべきですよ!」
それを聞いたグレイスは、しぶしぶ部屋に駆け込むのを止める。しかし――
部屋の中から悲鳴が聞こえてきた。
それと同時に、なにやら部屋が騒がしくなる。
「どうした! 何があった!」
完全に冷静さを失ったグレイスは、部屋の扉を勢いよく開ける。
そして……妻の腕の中で大量に鼻血が出ている、血だらけの赤ん坊を見つけた。
あまりにショックな状況にグレイスはーー
「グレイス様ァ!?」
ーー白目をむいて気絶した。
◇
「……はっ!」
グレイスが目を覚ましたのは、気絶してから約30分後だった。そして、気絶する直前に見た光景を思い出し、彼は顔を青くする。
慌てて周りを見渡し、隣のベッドにいた2人を見て、思わず彼は叫んだ。
「ティスア! リアム!」
ちなみに子供の名前は男でも女でもいいようにと、事前に妻と話し合って“リアム”と決めていた。
「リアムは無事なのか?」
そんな必死な様子の夫をほほえましく思いながら、ティスアは答えた。
「ええ、この子も私も無事よ。まったく、部屋に駆け込んでくるなり気絶して、本当に驚いたわ」
「ああ……よかった。本ッ当に、よかった」
グレイスは安堵から、膝を地面につけ涙を流す。その様子を見つめながらティスアは「しょうがない人ね」と言い、グレイスに抱っこしてみてはどうか、と提案した。
「いいのか?」
「当り前よ。あなたはこの子の父親なんだから」
そう言って渡された我が子を壊れ物を扱うように優しく、グレイスは抱きかかえる。
そしてグレイスは、我が子の重みを感じて初めて――“父親”になった気がした。
これからこの子には、どんな未来が待っているのだろうか? どんな子に育ってくれるのだろうか?
未知数なリアムの成長を祈りつつ、改めて父親としての責任を感じる。
「これからどんなことが起きようと――必ず、お前を守ってやるからな。リアム」
◇
“私”が“リアム”に転生してから1年が経った。転生して最初に驚いたのは、両親がただの人間ではなかったことだ。
父は竜人族、母はエルフ族らしい。竜人族の特徴は、消すこともできる鱗があることで、エルフ族の特徴は長くとがった耳だ。
それ以外の特徴についてを調べる術を、今は持っていない。まあ、いずれ調べていくとしよう。
そして私は竜人族とエルフ族のハーフということになるのだが、外見は完全にエルフ族だ。鱗は無く、耳が長くとがっている。自分の耳が長いことに最初は違和感があったが、さすがに1年も経てば慣れた。
ちなみに父は紫がかった黒髪と、鋭い黄金の目をしている。そして母は、セミロングの銀髪とサファイアのような瞳をしており、その長い両耳には大きなイアリングを着けている。エルフの文化では、イアリングをつけることが既婚者であることの証らしい。
そして私は、母に似た銀髪と父に似た黄金の瞳を持っている。両親は私の容姿を見て「この銀髪はお前にそっくりだな!」「それを言うなら、この瞳はあなたにそっくりよね?」なんて会話をよくしている。どうやら夫婦の仲はとてもよいようだ。
また、ディアも言っていたがこの世界には魔法が存在するらしい。“気”とは別のエネルギーを使っているようで、それは元の世界にはなかったものだ。魔法を見たので断言できる。気を操る“気操術”とは全く異なる能力だ。
私が気を集めていると、気とは別の“何か”も集まっきて、初めは驚いたものだ。それがどうやら魔法のエネルギーであると判明してからは、そのエネルギーも集めるようにしている。
魔法の使い方はある程度予測できるが、しっかりと教わってから扱うべきだろうな。不用意に試せば何が起きるか分からない。実際、気操術には正しく運用しなければ理性を失ってしまう走火入魔に陥ってしまう可能性もあるからな。
ちなみに生まれ変わったことで、前世で丹田に溜めてきた気は全て失ったようだ。まあ、それは仕方ないだろう。もう一度、ゼロからのスタートだ。とはいえ、前世で培ってきた技術と経験は失っていないので、そのアドバンテージはしっかりとあるがな。
そして、ディアが私に与えたという“能力”だが、これはおそらく〈高速思考〉と〈並列思考〉だろう。産まれてすぐに、それも一瞬で記憶を定着させるというまさに神業をしたんだ。普通の頭なら、処理が追い付かずに死ぬぞ? 簡単に。
まあ、そのおかげで鼻血という軽症で済んだわけだが……この能力、強力すぎではないか?
〈高速思考〉は習得の難易度が高すぎるというわけではない。難しいのは確かだが、気操術で身体を鍛練していけば、処理能力も向上していき、自ずと習得できる。
しかし〈並列思考〉というのは才能があるのならともかく、その技術を習得するには特別な鍛錬が必要になる。ただし、どれほど鍛錬しようともできるようにならない人もいる程に、習得は難しい。
前世の私でさえ習得には苦労した。それが生まれつきできるとは……そしてこれらの能力は、これからの鍛練でさらに成長することだろう。本当にいい能力を与えられたな。
この2つの能力を活用して、気や魔法のエネルギーを集めたり、言語の習得を目指したり、気配察知能力を鍛練したり……と色々してきた。そのかいあって、言語はだいたい理解でき、最近は文字も読めるようになってきた。まあ、まだまだきれいに発音することはできないのだがな。
……この1年を経て、1つ疑問に思ったことがある。
“親”とは何だろうか?
私が笑ったり、「まま」や「ぱぱ」と言うと両親はとても嬉しそうな表情をする。それが、それだけのことが、何とも言えない幸福感を私に与える。こんなことは前世ではなかった。
……この感覚はなんだろうか? 分からない……。“家族”とは何だろうか? 分からない。よく、分からない。
けれども、この感情は、感覚は自分にとって大切なものであると思うから。
戦いには不必要なものかもしれない。だけど今は――大切に抱いていようと、そう思う。
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