第1話 すべての始り
――私はただの“道具”である。そう、認識している。
私に親というものは無く、物心ついたころから教官の下で訓練を受けていた。
その訓練の内容は多岐にわたっており、その過程で私は“暗殺者”というものになるらしい、ということを理解していった。
それについて何かを思ったことはない。なれと言われたからなる。私にとっては至極当然のことだった。
そして、私は「国に尽くせ」と言われながら成長していった。それ故に今、私が「国のために死んでくれ」と、そう言われたことに対しても何かを思うことはない。私はただ「了解」と答え実行するだけ。
永らく続いていたらしいこの戦争も終戦を迎え、私は用済みとなったのだろう。むしろ平和となった今では、私の存在は危険因子だと言える。私のような“兵器”はいない方が安心できるというもの。
そのような経緯で私は――自殺した。
◇
……気が付くと私は、真っ白で何もなく、無限の広がりを感じさせる不思議な空間に立っていた――いや、浮かんでいたと言うべきか? 地面というものはなく、ただそこに存在していることだけが知覚できる。
そして、どうやら今の私には肉体がないようだ。魂だけの存在であると言ってもいいかもしれない。
よもやこれが死後の世界なのだろうか? こんな空間にずっといれば、誰だって精神が崩壊し、狂ってしまうだろう。いや……もしかしたら理性を失わせることこそが、この空間の役割なのかもしれない。
拷問の1つに、外の音が一切聞こえない真っ白な空間に閉じ込め続ける、というものがあるくらいだしな。
私がそんなことを考ていると突然、球体の何かが現れた。気配や感じる力がおよそ人間の――生物のものとは思えない。存在の格が桁外れに違う。
相対した瞬間に敗北を認めてしまうほどの、バケモノ。
――ああ、これが“神”か。
私がそう魂で理解したのと同時に、神は私に話しかけてきた。
「――そう、私はあなた方が神と呼ぶ存在です。あなたに少々、お話があります……と、その前に。この姿では話しにくいですね」
神はそう言うと、その姿をあっという間に変え、まるで作り物のように整った容姿の、絶世の美女と呼ぶにふさわしい姿へとなった。
ところで神は心が読めるのだろうか? まあ、それは置いといて……ふむ、こんな感じだろうか?
「あら、さすがですね。一瞬で〈具現化〉ができるようになるとは」
どうやら上手くいったようだな。身体だけではなく服も死んだ時に着ていたものと同じだ。そして……身体の性能も特に問題なし、と。長年鍛えてきた、己の中に溜めている“気”もしっかり残っているようだな。
「成功したようでなによりだ。さてそれで、話とはなんだ?」
「はい、あなたは“神の試練”を乗り越えました。ですので転生が可能です。いかがなさいますか?」
「ちょっと待て。そもそも“神の試練”とはなんだ? 身に覚えがないのだが」
「……本当に身に覚えがありませんか?」
私は少し悩み、されど「身に覚えがない」と言うと神は若干呆れたような表情を浮かべた。
「はぁ。つまりは無自覚だったのですね。まあ、いいでしょう。ではまず“試練”というものについてご説明させていただきます。試練とは神が数万年に一度、管理する世界の生物に対して行うものです。神による試練なので、簡単に乗り越えることはできません。実際、耐え切れずに滅んだ種もあります。しかし、これは世界の維持に必要不可欠なものであり、非常に重要なものなのです。また試練は多すぎても少なすぎても問題で、適切な頻度で行うべき……いえ、これ以上は聞いても意味はありませんね」
……最後の方は愚痴のようにも聞こえるな。試練に関する問題を起こした神でもいたのだろうか? まあ、それを考えても仕方ないか。
「数万年単位とは……スケールの大きい話だな。ふむ、それで? 今回の試練はいったい何だったんだ?」
すると神は少し間をおいて、こう言った。
「――人間同士の、戦争です」
「なるほど、そうだったのか」
「あれ? 驚かないんですか?」
神が意外そうに聞いてくる。
しかし、分からない。なぜ驚く必要があるのだろうか?
「普通の人間なら、あの戦争はお前のせいだったのか!? と激昂してもおかしくありませんからね? それに当事者ならば、何らかの反応をしてしかるべきですよ?」
私の疑問を感じ取ったのかそう説明してくれた。
なるほど、普通の人間ならそういった反応をするかもしれない。だが――
「私は生憎、普通ではないからな」
私はそう言って肩をすくめた。
「で、その試練があの戦争だとして、どうして私が乗り越えたことになったのだ?」
「あなたが終戦させたと言っても過言ではないでしょう?」
「たしかにそうかもしれないが……多くの犠牲を出してだぞ? それでもいいのか?」
そんな私の問いに、あっさりと神は答えた。
「どんな犠牲を払おうが構いません。そこに価値はなく、試練を乗り越えたことだけが評価に値します」
「そんなものか」
永久の時を生きるであろう神からすれば、いくら人間が死のうが構わないのだろう。まあ私も、いくら殺しても心が痛むことはなかったのだが……。
「そんなものです」
神は微笑みながらそう言った。
「試練については分かった。それで転生とはどういうことだ?」
「前世の記憶を持ったまま、生まれ変わることが出来るということです」
「いや、それはなんとなく分かるんだが……その転生先とは地球か?」
「いえ、もうすでに輪廻から外れておりますので、異世界ということになります」
なるほど……?
「もし断ったら?」
「このまま消滅していただきます」
……うーむ、どうしたものか。別にこのまま消滅してもいいと思っている。だが、このような機会は滅多にないだろうし……まあ、転生して何かやりたいことがあるか? と聞かれても今は特に思いつかないが、それは転生してから考ていけばいいはずだ。
だがしかし。もしも、転生に大きなデメリットがあるならば、断るべきだろう。
「転生した場合、しなくてはならないことなどはあるのか? あと、その異世界とはどんな世界だ?」
「使命のようなものはありませんよ? 転生してからは私から直接干渉することはありませんので、ご自由にどうぞ。そしてその異世界は所謂、剣と魔法の世界です。ファンタジーな世界を想像していただければ、概ね間違いないかと」
「危険な世界ということか?」
「そうですね……あなたの生前と違うのは、主な敵が人間だけではないということでしょうか? しかし、あなたなら大丈夫だと思いますよ? なんせ、試練を乗り越えた人ですしね」
言われてみれば、もともと平和な世界だったわけでもなかったか。ふむ……この転生の話は、悪いものではないように思えるな。
「よし、私は転生することにするよ」
「分かりました。転生する上で何か希望はありますか?」
「そうだな……それなりに安全な家庭にしてくれ。産まれてすぐ死んでは意味がないからな。他は任せるよ」
「了解です……では最後に私の加護を与えましょう」
神が私に手をかざすと、私の中に力が流れ込んでくるのを感じた。そして、なにやら私の魂が変わったような、そんな感じがする。感覚的には悪い変化ではなさそうだ。
「加護により少しばかりですが、能力を与えました。きっと、あなたの役に立つはずです」
「具体的な内容は教えてくれないのか?」
「それは転生してからのお楽しみ、ということで」
「……分かった。どんな能力か楽しみにしておくよ」
せっかくの神から与えられた能力。しっかりと使えるようになりたいものだ。
「それでは、今からあなたを転生させます。心の準備はいいですか?」
「大丈夫だ……いや、最後にあなたの名前を聞かせてもらいたい」
すると“神”はきょとんとした表情になった。そしてクスッと小さく笑ったのち、名前を教えてくれた。
「ああ、まだ名乗っていませんでしたね。私はディアと申します」
どこか慈愛も感じられる表情で、神は――ディアは名前を教えてくれた。
「ディアか……よし、私の名前はレイジだ。短い間だったが世話になった」
「こちらこそ、久しぶりに会話ができて楽しかったですよ。それではレイジさんの来世に、祝福があらんことを」
身体を包む暖かい力とその言葉を最後に、私は意識を失った。
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