第9話 お披露目会 (1)
あれから2年が経ち、俺は6歳の誕生日を迎えた。この世界では6歳という年齢が1つの区切りになっており、今回の誕生日会はこれまでよりも豪華なものとなった。
また、貴族の子供には、6歳になると年の近い専属の側仕えをつけるという習慣がある。その専属の者はそのまま側近になっていくことが多い。なので、多くの候補者から選ぶのが一般的である。
だが、俺は迷うことなくアリアを専属のメイドとした。両親もそれがいいと言っていたし、アリアも喜んでくれた。まさか、泣くほど喜ばれるとは思っていなかったが。
そんなことがあったのが昨日のことだ。そして、今日はお披露目会の日である。
お披露目会というのは貴族の子供が6歳になったら開くもので、これは人脈づくりや婚約者探しといった目的も兼ねている。このお披露目会が公の場に姿を見せる初めての機会なので、第一印象をよくするためにも、その家の皆が気合を入れるのだ。
もちろん俺も協力している。とは言え、俺がやることはほとんどないがな。一応料理のメニューを考えたり、俺自身が作るのを手伝ったりもした。
……え? 俺が料理、できるのかだって?
当然だ。料理を作るのも、毒薬なんかを作るのもさして違いはない。
そんなことを考えながら部屋で待機していると、部屋の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼するわね」
「失礼します」
母さんとアリアだった。母さんは華やかなドレスを着ており、アリアはいつも通りのメイド服だ。だが、その服にはしわ一つなく、肌も尻尾もいつもより綺麗になっている。どうやら2人とも、軽く化粧をしているようだ。
「まあ、その服に合っているわね」
「ええ、とてもお似合いです!」
どうやら、俺の様子を見に来たらしい。ちなみに俺が今着ている服は昨日、誕生日プレゼントとしてもらった、王子様が着てそうな真っ白な軍服のようなものだ。
「少し派手すぎじゃないか?」
「そんなことないわ。もっと派手な人だっているわよ」
「そうですよ。全然、派手じゃないです!」
「ならいいんだが……それにしても、母さん。そのドレス似合っているね」
「あら、ありがとう」
「それにアリアも、今日は一段と可愛いね」
「あ、ありがとうございますっ!」
アリアは褒められたことが嬉しかったのか、顔を赤くする。
「さて、もうそろそろリアムの出番よ……緊張してる?」
「いや、特に緊張はしてないかな」
「やっぱりそっか。じゃあ、私たちは他にやることもあるから失礼するわね」
「失礼しました!」
「うん、またあとで」
――それからまもなく、俺の出番がやってきた。
◇
「皆様。本日は遥々、我が息子リアムのお披露目会にお越しいただき、ありがとうございます。早速ですが紹介させていただきます。こちらがアルテーン家長男、リアム・アルテーンでございます」
父が言い終わると、会場全員の視線がこちらに集まったのを感じた。第一印象を良くするために、俺は言葉に“気”を乗せて話す。上手く気を操ることで、相手の印象に残りやすい声を発することができるのだ。
「お初にお目にかかります。私がアルテーン家が長男、リアム・アルテーンにございます。本日は私のお披露目会にお越しいただき、誠にありがとうございます。未熟者のため、ご迷惑をおかけすることもあるかとは思いますが、ご指導ご鞭撻のほどお願い申し上げます」
言い終わると同時に手を胸に当て、礼をする。
するとパチパチと、最初は小さかった音が次第に大きくなっていった。うん、なかなか良かったのではないだろうか。最低でも、舐められるようなことにはならないはずだ。
「お食事やお飲み物の用意もありますので、どうぞお楽しみください」
父さんがそう締めくくり、パーティーが始まった。
俺たちはまず、母さんたちと合流した。この後は来てくれた貴族たちが一人ひとり、俺たちに挨拶をしていく予定だ。全員と挨拶をすれば、当然だが、疲れる。それが6歳の子供なら、なおさらだ。おそらく普通の子供は――いや大人でも――最後の方の人のことなんてほとんど覚えられないだろう。なのでこういった挨拶は、身分の高い人から順にしていくのがマナーだ。
「さっきの挨拶、かっこよかったわよ。いい印象を与えられたと思うわ」
「そっか。ならよかったよ」
「――うむ、本当に見事な挨拶だったぞ」
声のしたほうを振り向くと、そこには一人の男性がいた。咄嗟に俺は膝をつく。
「お褒めの言葉、ありがとうございます。陛下」
目の前の逞しい体をしている男性こそが、この国の皇帝――ヴォルフ・フォーグラー。その姿勢だけを見ても、かなりの実力者であることがすぐに分かる。まあ、強くなければこの帝国の皇帝なんて務まらないだろうな。
「そう固くせんでよい。このパーティーの主役はお主なのじゃから」
そう言われたので俺は「それでは」と言いつつ立ち上がる。
「わしのことは知っておるようじゃが、改めて自己紹介させてもらうぞ。わしの名前はヴォルフ・フォーグラー。この国の皇帝じゃ。そして、こちらが皇太子のエリック」
「リアム君、これからよろしくね」
皇太子のエリックは現在13歳のはずだ。見た目は金髪の美少年といったかんじだな。彼は勉強においても魔法においても優秀であり、来年から入学する学園での活躍も期待されている。
「そしてこちらが第一皇妃のマリナ」
「マリナです。よろしくね」
第一皇妃のマリナは青髪の女性で、特に水魔法に長けていると聞いている。母さんが魔法を教えたこともあるらしい。
「最後になったが、こちらがお主と同い年の第二皇女、シャルロットじゃ」
「シャルロットと申します。どうぞよろしく」
第二皇女シャルロットはマリナと同じ青色の髪だが、ロングのマリナと違ってシャルロットは肩までの長さだ。そして、彼女には剣術の優れた才能があるという噂だ……どういうわけか、俺を睨んでいるような気がするのだが、それはなぜだ……?
「こちらこそよろしくお願いします」
皇族がお披露目会に来ることは、かなり珍しい。なぜ俺のお披露目会に皇族が――それもわざわざこの国のトップである皇帝が来るのか。その理由はアルテーン家の重要性にある。
父さんが貴族になったのは、先々代皇帝がこの国を治めていた約80年前の頃だ。当時父さんたちは冒険者をやっており、縁あって先々代皇帝と知己の間柄となったらしい。そして、最高峰の実力者である父さんたちを、国が放っておくわけもなかった。
当時の帝国も実力を重視していたため、とんとん拍子に貴族の中でも上から2番目である辺境伯になったのだ。そして父さんは辺境、つまりは国境に面する領土を任されたのだ。国防に大きく役立ったことは言うまでもない。さらに父さんは先代皇帝、そして現皇帝の剣の師匠でもある。それほどに王族と深く関わってきたのだ。
しかも、父さんも母さんも、長命種である竜人族とエルフ族。一世代だけで見ると、アルテーン家ほど国に貢献した貴族はいない。
そんな国にとって非常に重要なアルテーン家を継ぐ存在であるのが俺だ。当然、俺もかなり長生きするだろう。国にとっての価値は非常に高く、友好的な関係を築きたいと考えるのが普通である。
だからこそ皇族が、それも皇帝自ら俺のお披露目会へと足を運んだのだ。
「そなたの父から色々話を聞いておる。会えるのを楽しみにしておったぞ」
「もったいなきお言葉、恐悦至極にございます」
ニヤリと皇帝は口に笑顔を浮かべている。いかにも俺に興味津々といった感じだな。いったい父さんは何を吹き込んだのか……。
「いきなりで悪いがリアム、お主に頼みたいことがあるのじゃが……」
「頼み事? 私にできることならば、喜んでお受けいたしますが……?」
「うちのシャルロットと模擬戦をして欲しいのじゃ」
「……はい? 模擬戦、ですか?」
「うむ。リアムにも優れた剣術の才能があると聞いて、試したくなったらしい」
えっと……お披露目会で模擬戦って、していいのか? そう思って父さんの方を見る。すると父さんは笑顔でサムズアップを返してきた。どうやらいいらしい。
「構いませんよ。模擬戦、やりましょうか。ですがここでするわけにもいきませんので、訓練場へと移動しましょう」
「そうじゃな、それがよいであろう」
成り行きを見守っていた父さんが、来てくれた貴族たちに聞こえるように、こう宣言した。
「今から訓練場にて、第二王女シャルロット様とアルテーン家長男リアムの模擬戦を行います!」
するとそれを聞いた人たちは、大きな歓声をあげる。
この帝国では、パーティーの途中にいきなり模擬戦が行われることは、むしろ大歓迎のようだな。
「では、行きましょうか」
そうして俺たちは訓練場へと向かったのだった。
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