第五章 王都への帰還
起きて朝食を食べ、すぐに出発になった。俺は荷馬車の荷台に乗ることになった。
荷馬車にはカール隊長とフルフル、それから勇者ヴァルタ―が乗ることになった。
フルフルは檻から出されている。
多分カール隊長とヴァルターは俺の見張りなんだろう。
「ケガよくなったんですね。」俺は話しかける。
「ええ、おかげさまで。今回はありがとうございました。」ヴァルターは元気そうに答える。
出発してしばらくは、カール隊長とヴァルターにこの世界についていろいろ聞いていた。
「このアティベル国は5人の領主が治める土地からなる連邦国家。
もともといばりんぼで圧制を強いた国王から市民代表の5人が民衆を率いて反乱を起こしてできた国でしてな。
だから他の国より国王と市民の地位が近いのです。
国王が自ら畑を耕したりする一方、民の意見や投書を国王が取り入れて政治を決めることもありまして。
それがこの国のいいところです。」
そう言ってカール隊長は微笑む。
教え慣れしているというか、話しなれしているというか、とにかく説明がうまかった。
「この国は山に囲まれた盆地にありまして。
3つの国に囲まれています。
政治はきれいごとじゃありませんでな、それぞれまったく軋轢がないわけじゃないですが、交易もあり、そこそこ平和にやっていたわけです。」
「そんなある日に、この国の北東の村をフルフルが襲ったという報告が王都に届いたのですわ。
ほぼ同時に、他の国とも連絡が取れなくなりましてな。定期的に出している使いの者が帰って来なくなったのです。」
「討伐隊を組んでフルフル打倒に派遣したのですが、先遣隊は全滅、第二次派遣隊は被害を極度に恐れるあまりフルフルの行方をつかみ損ねてしまいましてな。
方々探しているうちにフルフルの侵攻が驚異的なスピードで進み、多くの者が犠牲になってしまいました。
第二次派遣隊の隊長が私と同期で軍に入隊した友人でしてな。その時フルフルに殺されました。
いい奴でしたよ。下の者の面倒見がいい奴でしてな。部下から好かれておりました。ただ責任感が強すぎるところがありましてな……」
「心中お察しします。」
「いえ、この国では珍しくない話になってしまったんですよ。
家族や友人がフルフルに殺された、なんてのはね。」
そう言ってカール隊長は苦笑いする。
フルフルは何も言わない。
「フルフルはこの後どうなるんですか?」
「まあ王都まで連れて行って、国王の判断を仰ぐことになるでしょうな。
おそらく即時に死刑にするか、王立大学の研究施設に引き渡して生態の解明をするかですなあ。」
カール隊長はフルフルを見る。
特にフルフルは何も言わない。
自分がもうすぐ殺されると言われて、何も思わないのか?
「……フルフルというのは有名なんですか?さっき、『フルフルが北東の村を襲った』という報告が届いたとおっしゃってましたけど。」
「ええ。この世界には広く伝わる言い伝えがありましてな。
魔神王に率いられた100人の魔神が、何百年も前に人間を滅ぼそうと侵攻したのです。
当時の数々の勇敢な戦士が協力して撃退したんですが、魔神王が言い残したのです。
『我らはまた来る』と。」
「100人の魔神は一人一人の特徴も言い伝えに残っておりましてな。
ドラゴンの魔神がフルフルであると。人間に変身し、食べた者の力と能力、知識を吸収すると。
100人の魔神の中でも最も手ごわい魔神の一人とされています。
何せ他の魔神と違って、数での攻撃は逆効果ですからな。
少数精鋭でいかねばならん。
幸運なことに、この国には勇者ヴァルター一行が滞在中でしてな。
軍と冒険者ギルドが協力して、軍の精鋭や、ヴァルターを始めた少数精鋭を軸にした討伐隊を組織しました。それが今回の遠征というわけです。」
勇者……小説やマンガではよく見るけど、実際にそう呼ばれている人を見るのは初めてだ。
「ヴァルターはなんで勇者になったの?」
「ははは、勇者とやらにはなりたくてなったわけじゃあありませんよ」ヴァルターは答える。
「たまたま強いモンスターを倒しただけです。そうしたらみんなから勇者だ天才だとちやほやされるようになっただけで……」
「はっはっは。謙遜するなヴァルター。」カール将軍が笑う。
「救世主様のいた世界はどのようなところなんですか?」
「まあ、いいところ……だったかなあ」何から話していいものか。
「国同士が戦うときは、我々のように、剣や魔法で戦うのですか?」
カール隊長が聞く。戦争の話から聞くのは、やはり軍人だからかな。
「いや、くわしくないですけど、飛行機や戦車、ミサイル、軍艦や戦艦とか核兵器とかですかね……魔法はないです」
「ヒコウキ?センシャ?なんですかなそれは?」
「あー、ええと、飛行機というのは空を飛ぶ金属の乗り物です。それで上から爆弾を落としたりします。戦車は……」
その後しばらく俺のいた世界の軍事の話をしていた。
いや、全然詳しくないし、うろ覚えなんだけど。
核兵器の話の時はカール将軍はいたく驚いていた。
それから、日本では建前上軍隊は持てないんだと言った時も驚いていた。
それでは他国から攻め込まれたらどうするのか、みたいな。
その後も3人で情報交換。
カール隊長は細かいこと気にしないおおらかな性格だし、ヴァルターは若者だけどいばったところがなくて、どちらも話がしやすかった。
俺もついついおしゃべりが過ぎたかも。
昼過ぎくらいだろうか。ずっと広い野原みたいなところをみんなで行軍してきたが、進行方向に壁みたいのが見えてきた。近づくと門があるのがわかった。
「あれが王都ですか?」隊長とヴァルタ―に聞いてみる。
「そうです。」隊長が答える。
どうやら王都に着いたらしい。
荷馬車は町の中心にある城の前で止まり、俺は兵士の先導に従ってヴァルタ―と歩いていった。
フルフルは荷馬車から降ろされなかった。
国王と謁見し、仰々しい歓迎の挨拶を受けた後、宴が開かれた。
大きいテ―ブルに豪華な食事がたくさん並べられた。
魔神の捕獲と救世主の召喚の成功を記念して、ということらしい。
いろんな人から話かけられたが、俺は人が多いところにいると腹の調子が悪くなるので、こそっと抜け出して最高裁のトイレに何回か行った。
ふう……便利、最高裁。
食事が終わった後、俺の今後とフルフルの処置について話し合いたいということで、兵士に呼び出された。
通されたのは会議室みたいなところで、隊長とヴァルタ―の他、何人かいた。
兵士というか騎士というか、そんな感じの立派な格好をしているのが何人か、それから魔法使いの格好をしているのが何人か、それから……ヴァルタ―の仲間か?なんか軽装の冒険者みたいないで立ちの者が何人か。
「じゃあ、救世主様もお越しになったので、会議を始める。」隊長が言った。
「まず救世主様だが、町の外れに空き家になっている旧貴族の邸宅がある。
メイドを何人か用意し、救世主様にはしばらくはそこで過ごして頂くこととしようと思う。
異議のある者は?」
「異議なし。」誰かが言った。
多分立派な騎士の格好をしている人だと思う。
「救世主様もそれでよろしいですかな?」隊長が問う。
「ええ、まあ……」俺は答える。行くあてもないわけだし、当面の寝床が確保されるだけでもありがたい。多分食事やお金に困ることもしばらくはなさそうだ。
「次に、魔神フルフルの処置だが……」隊長は続けた。
「国王は、処置を私に一任された。
今すぐ殺してやりたいのは山々だが、我々は魔神の生態についてあまりに無知だ。
いろいろ聞きだす必要があるだろう。ただ現状、フルフルに言うことを聞かせられるのは救世主様だけだ。
そこでどうだろう。魔神フルフルは救世主様の邸宅に拘束しておいて、その管理を救世主様にお願いする、というのは?
まず救世主様のお考えはいかがですかな?」
「まあ、別に構わないですが、私自身、自分に何がどこまで出来るかまだ正確に把握できていません。それで良ければ……」
「隊長。我々も一緒に救世主様のお屋敷に滞在し、一緒にフルフルを見張ると言うのは?」ヴァルタ―が発言した。
「おそらく救世主様はここにきたばかりで、いろいろ分からないことがお有りのご様子。こちらから説明をすべきことも多いでしょう。我々のパ―ティでフルフルの見張りと、救世主様の護衛などをしようと思いますが、いかがでしょうか?」
誰からも異議が出ない。隊長は言った。
「……そうしよう。では、ヴァルタ―らも泊まれるよう、準備を指示しておく。」