第29章 ネルネルとの接見、そしてカールの怒り
「正直に話せ。お前ら、フルフルを痛めつけたのか?」
「いや、私だけでは……」
「正直に話せ。暴れたというのは嘘だな?」
「仕方ないじゃないですか!私の同期が何人もこいつに食われたんですよ!殴られるくらい当然じゃないですか!?」
「カール将軍、私が牢の中に入ってもいいですか?」俺が聞く。
「いいですが、外から鍵を閉めさせてもらいます。終わったら開けますので」カール将軍が答える。
「構いません」
「おい、鍵を開けろ」
「はっ」衛兵は鍵を開ける。
カール将軍は衛兵に誰がネルネルを殴ったかなどの詰問を続けていたが、俺はネルネルの方に近づいた。
「ああ、よかった、よかった……」ネルネルは泣きながらいう。
見る間にネルネルの顔がくしゃくしゃになっていく。
「お前、体は……」
「大丈夫です!この程度!人間如きに何をされても痛くも痒くありません!」フルフルが大きな声で言う。
なんか犬みたいだな。久しぶりに帰ってきた飼い主に飛び付こうとする感じ。
ケガだらけの状態でそれをされるととても痛ましい。
俺の目が熱くなってくる。
「痛くないか?」俺は涙をこらえて聞く。
「大丈夫です!それより主は!?奴らに何かされませんでしたか!?」
「大丈夫だよ。お前はあちこち痛いだろう?正直に言いなさい?」
「いえ、大丈夫です!」
「正直に言いなさい」俺は怒った口調で言ってみた。
途端にネルネルが落ち込んだ表情になる。
この子、こんなに表情豊かだっただろうか。
「手と足が痛いです。切られているところが。魔力も傷口から抜けていくような感覚があります。」
「そうか。できることは限られているが、なんとかしてくれるようお願いしてみる。」
「……ありがとう。お前のおかげで、俺は救われたよ。」
「そんな……」みるみるネルネルの顔が紅くなっていく。
「だってさ、ネルネルがああしてくれなかったら、俺は多分一生、ザガンの操り人形だよ。
人殺しもさせられただろうし。助かったよ、本当に。」
ぶっちゃけネルネルの腹パンがなければ、ホントにそうだった可能性大だしな。
「いや……そんな……」再びフルフルの目に涙が溜まっていく。
「本当に……ずっと、どうしようかと……
主が死んでいたらどうしよう。
私が殺してしまっていたらどうしよう。
主に恨まれていたらどうしよう。
そんなことばかりずっと考えていました……」
「だから衛兵に殴られても、切られても抵抗しなかったの?」
「そうです。これは罰なのだと」
「それは違う。罪人だから何をされてもいいわけじゃない。」言いながら、俺は思い出した。
罪刑法定主義。罪刑均衡の原則。司法試験受験生時代にひたすら暗記した呪文。
「ああ、ああ……ありがとうございます」
「とりあえず、手当をしてもらう。この体勢も苦しいだろう?
磔をやめてもらうようにお願いしてみるよ」
「よかった……最後にお会いできて。もう悔いはありません」
「まだ死ぬと決まったわけじゃないから」
「いえ、分かります。私は人間に殺される。おそらく嬲り殺しです。
やむを得ません。フルフルとして、罪を償います。」
「罪か……」
多分初めての質問をしてみる。
これが最後かもしれない。
「嘘をつかず、正直に答えてくれ。お前、人を本当に殺したの?」
「フルフルは人を殺しました。申し訳ありません。」
「おまえが殺したんだな?」
「フルフルが殺したのです。多くの人間を。
それだけは間違いありません。申し訳ありません。申し訳ありません。」
「俺の目の前にいて、今涙を流して一生懸命謝っている、お前が殺したのか、ときいているのだけど。」
「正直にいうと、私にとって、それは……誇りでした。
その事実が、魔神が人間に優越していることの証明だと信じていました。
私は愚かでした。」
「……そうか。正直に話してくれてありがとう。」
俺は続ける。
「で、例えば2年前の3月4日にフルフルが初めて侵攻し虐殺したという北東のブルテという町、その町で人を殺しまわったのは、お前なのか?」
「フルフルで間違いありません。申し訳ありません。人間を大規模に侵攻したのは初めてなので、緊張したのを覚えています。」
「うーん……次が二日後、その南のトゾリパスという町だそうだが、その町で人を殺しまわったのはお前か?」
「その町もフルフルです。あまり覚えていませんが、そうだったはずです。」
「次がその三日後、場所はさらにその南、ドルワナリという町だそうだが。その町もお前か?」
「その町もフルフルです。初めて人間の軍隊の抵抗を受けたのを覚えています。」
「その抵抗した軍隊を殺したのは、俺の目の前で今泣いているお前なのか?」
「申し訳ありません。どうか……」何かそれ以上言ったみたいだが、言葉になっていなかった。
しばらくフルフルの嗚咽のみが響く。
泣き止むまで待ってもう少し掘り下げて聞こうかと思ったが、やめた。
「……そうか。ごめんね。辛い思いをさせて」
「いえ、いえ……大丈夫です。」
「また来るよ。退屈だろうが、おとなしくしていてね。
何か衛兵にされたら、俺が来た時に言うように。」
「ああ、ありがとうございます。お待ちしています。」フルフルは言う。
泣きながら、でもなんとか笑ってみせようとしていた。
女性のこんな表情を見るのは、初めてかも知れない。
「終わりました。ここを開けてもらえますか。」俺は牢の外にいたカール将軍に声を掛ける。
「お疲れさまでした。おい、開けろ」カール将軍はそばにいた衛兵に声を掛けた。
「はっ」衛兵はおびえた口調としぐさで鍵を開ける。
俺はほっとした。
俺やフルフルの立場からして、二人まとめて閉じ込められたままにされるかも、と思ったからだ。
「申し訳ありません。衛兵が護送の最中にフルフルを痛めつけたようで。」
「そうだったんですか」俺は答える。
被疑者に人権を、というわけにはいかないのか。
ここは異世界だし、仕方がないのかな。
元いた世界でも昔になれば酷い扱いはザラだし。
そう思いながら衛兵たちが待機しているこの牢獄の入り口に戻った時だった。
突然カール将軍が案内の衛兵を抱え、待機していたもう一人の衛兵にぶつけた。
突然の力業に驚いた。
そして残りの衛兵につかつかと歩いていき、突然裏拳で殴った。
「すみません……」殴られた衛兵が言う。
「お前らの軽率な行動が!この国を滅ぼしたかもしれんのだ!
肝に銘じろ!」カール将軍が怒鳴りつけた。
「……救世主様、フルフルを衛兵が痛めつけた件は私が責任をもって処罰しますゆえ、どうか怒りをお納めくださいませんか。」カール将軍が頭を下げる。
「いえ、怒ってはいません。」俺は驚きっぱなし。
「無理もないでしょう。カール将軍が悪いわけでもありません。どうか頭を上げて下さい。」俺は答える。
元いた世界で俺が刑事弁護人だったらあらゆる方法で異議申し立てをするんだろうが、ここは異世界。
おそらくそんな常識はない。
カール将軍は、俺が怖いだけなのだろうか。
それとも、筋を通したということなのだろうか。