第28章 勇者ヴァルター
「分かったよ。ヴァルターに免じて、おとなしくしよう。」
ヴァルターが意外そうに俺を見る。
「ヴァルター、せっかくここにベッドがたくさんあるんだから、ひと眠りしたら?
俺もヴァルターがここにいる間は大人しくしているからさ。
どうせ俺が何かしたらすぐ起きられるでしょ?」
俺は勧めた。
俺にそんな権利はないかもしれないが、ヴァルターはかなり疲れているように見えた。
「そんなわけには……」
「ヴァルター、私からもお願い」レオニーがいう。
「休んだ方がいいわ。何日か徹夜してるでしょ?」
「……では、お言葉に甘えて……」
そういって着替えもしないままヴァルターは俺の隣のベッドで横になった。
と思ったらすぐに寝息を立て始めた。
ちょっと驚いた。
さっきまであんなに俺とピリピリしたやりとりをしたばっかりなのに。
よっぽど信用しているのか?
レオニーと、俺を。
「よっぽど疲れてたんだなあ。」俺が言う。
「ええ……これじゃ寝にくいでしょう」
そういってレオニーはてきぱきとヴァルターの装備を外し始めた。
外套や剣、その他装備をはずした。
レオニーはヴァルターの姿勢を整えてシーツを掛け、最後に目で髪をなでた。
ふと見ると目が潤んでいる。びっくりした。
泣いているのか?
「前からそうなんです。一人でなんでも抱え込んで。
私たちにもちゃんと話してって、いつも言っているんですけど……」少し涙声になっていた。
勇者かあ……ヴァルターは俺のイメージする勇者とは少し違うようだ。
悩んでばっかりみたいな。
いろんなジレンマに悩まずにモンスター殺し続けるゲームの勇者よりは共感できる。
小さいころからそういうゲームたくさんやったけど、そういう勇者にちっとも共感できなかった。
「レオニーは疲れていないの?」
「いえ、私は大丈夫です。」
そう言っているレオニーも疲れて見えた。
俺も眠くなってきたな……
少しして、カール将軍が俺の部屋に来た。
女性の士官を連れている。
「救世主様、体も大丈夫そうで!何よりですな!」カール将軍は快活に言う。
「将軍は大丈夫なんですか?ヴァルターはだいぶ疲労がたまってたみたいですけど。」
「まあ私はヴァルターと違って、優秀な部下がおりますからな!
適当に後始末を部下に任せて、酒飲んで寝てましたわ!はっはっは!」
「本当に酒飲んで寝てましたからね。」そばにいた女性の士官らしき人が話す。
「おいおいマルゴット。そこは上司を立ててくれたまえ。はっはっは。」
カール将軍が言う。どうやらその女性士官がマルゴットという名前らしい。
カール将軍が来ると心なしか場が和む。
かなり強く、頭も回るのに周囲を威圧しない。
部下にも慕われるだろうな。
「将軍、お願いがあります。」俺は言ってみる。
「フルフルと面会させてもらえませんか?」
「面会ですか?」
「ええ。事情は聴いています。カール将軍がいれば、見張りとして十分でしょう。」
「見張りだなんてそんな。はっはっは」カール将軍は笑ったままだったが、いくぶんかトーンダウンしたように見える。
「まあいいでしょう。調査隊が来れば会えなくなるかもしれませんからな。」
「いいんですか?」聞いたのはマルゴットだった。
「だいじょうぶでしょ、多分」カール将軍が答える。
「じゃあ私は救世主様をフルフルのところにご案内するから、レオニー殿はヴァルターのそばにいてやってくれませんかな。マルゴットはこの周辺の警護を強化してくれ。」
「了解しました。」マルゴットが答える。
フルフルの地下牢に行く道すがら、カール将軍と話をする。
「将軍もヴァルター同様、フルフルの処刑を希望していると聞きましたが、本当ですか?」
「ええ。救世主様の手前申し訳ありませんが、フルフルに恨みを持つ人間があまりにも多すぎるのですよ。うちの部下にも、国民にも。」
「ヴァルターも言ってましたが、フルフルを殺さず、戦力として活用したりは出来ないのですか。」
「無理でしょうな。フルフルへの恨みは強いですよ。
そんな活用だなんて私が言ってみても、無駄でしょうな。」
まあ、確かにな。
俺がじかに見ていないだけで、言ってしまえば大量殺人犯なわけだからな。フルフル、というかネルネルは。
「ヴァルターも可哀そうな奴です。多くの責任を一身に背負っている。
なまじ性格が良すぎるせいで、ヴァルターは苦しむ一方だ。」カール将軍はしみじみという。
「救世主様が眠っている間、ひと悶着あったのです。
フルフルを殺せ、俺が殺してやると城に押しかける者があったのです。その中には兵士やカミラもいました。」
カミラか……俺を殺そうとした女戦士。いいイメージないな。
「彼らの気持ちは分かります。兵士の中には戦友たる同僚の兵士はもちろん、家族を殺された者もいましたからな。ヴァルターの仲間のカミラもアティベル国にいる同胞を殺されていると聞きます。」
まあ、そうだろうな。
俺のいた国でも、重犯罪者の罪が軽かったりすると、裁判所でデモがあったりしたからなあ……
俺も両親が誰かに殺されたのであれば、同じことをするかも知れない。
「それをヴァルターは必死で食い止めたのですよ。疲れた体でね。」
「え?」
「待ってくれと、どうせ国王の裁判にかけられるのだからと。国王の判断に委ねるべきだといってね。
ヴァルターも板挟みなわけです。フルフルを殺したい仲間と市民。
でもそうしたら救世主様の怒りを買ってしまう。今度は救世主様と仲間たちとの戦いになってしまうかもしれない。
そんなときに外の国が攻めてきたりするかも知れない。新たな魔神が現れるかも知れない。
そんなときとても戦えない。
そこまで考えているんです、ヴァルターは。」
「ちょっと待ってください。」俺はずっと気になっていた疑問を口にする。
「ヴァルターは、恋人をフルフルに殺されたのでは?たしかクロエと言いましたか?」
「ああ、救世主様もそのお話聞いていたんですね。
結論から言うと、フルフルはクロエを殺していないとヴァルターは考えているのです。
それから、クロエは妹ですよ。はっはっは。」
「でもフルフルは、意味ありげにクロエに変身したことありますよ?確かフルフルは、食べた人間の姿に変身できるのでしょう?」
「そうですな。」
「しかしクロエは足が不自由なのですよ。とてもスタスタ歩けない。生まれてからずっとです。」
「え?」
「普通、食べた者の能力を吸収したり、姿に変身できるモンスターは、思考やスキル、口調や振る舞いも当然マネすることが出来ます。もちろん障害があれば、それも。
でもフルフルはクロエの姿で、普通に立って歩いて見せた。
だからヴァルターは、フルフルはクロエを食べてなどいないと考えているようですな。
少なくとも我々にはそう話しています。
クロエは遠く離れたヴァルターの故郷にいるはずで、今は安否は確認できません。
ヴァルター自身も一抹の不安をぬぐい切れないはずですがね……
大した若者ですよ。
自らの感情を排し、大きな視野で物を見れる人間が、この国にどのくらいいることか……
ヴァルターはこの国の、世界の宝だ。まさしく勇者。
ただ世界を背負うには、あまりに若すぎるし、善良すぎる。」
俺はカール将軍の顔を見た。俺の病室に入ってきた時とは全く違う、真剣で憂いを含んだ表情だった。
そこで牢獄のある部屋についた。
ドアを開ける。ドアを開けてすぐの部屋に衛兵が数人いた。
「お疲れ様です!」衛兵が全員立ち上がって敬礼をする。
「こちらが救世主様だ。フルフルと面会させたい。フルフルの牢は一番奥か?」カール将軍がいう。
「そうです。しかし……」衛兵が口籠る。
「フルフルは連行するときに暴れて、ケガをしています。」他の衛兵が思い付いたようにいう。
「そうか、とりあえず通してくれ。」
「しかし、危険です」
「いいから」カール将軍が強い口調でいう。
初めてカール将軍を怖いと思った。
「は……こちらです」ケガをしているといった衛兵が案内してくれるようだ。
一番奥の牢屋、その鉄格子の奥にネルネルはいた。
磔の姿勢。
体の表面を色が透けたシールドというか、バリアのようなものが覆っている。
ネルネルは血塗れだった。顔も殴られたような跡。
腕や足には剣で切ったような切り傷があちこちにあった。
服は一応着ていたが、ボロボロだった。
呆けたような表情をしていたが、俺と目が合った瞬間、表情が一瞬で変わった。
「主!ご無事でしたか!」ネルネルは大声でいう。
「ああ。お前は大丈……」俺が言いかけた途中でネルネルが遮る。
「よかった!ずっと心配しておりました!もう主に何かあったらと……!
ご無事でよかった……」
途端、カール将軍が手でそばの衛兵の顎を掴んだ。
俺は驚いた。




