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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

女神

女神のいない世界

作者: 伊藤@


 この世界は、女神が男神に愛想を尽かして居なくなってしまった世界なんだよ。と教えてくれたのは私の初恋の男の子。



 ◇◇◇◇


「今日も凄いわね。クレアの婚約者は…」

「本当凄いわねぇ」

「えー?何それ余裕なの?」

「余裕と言うより、面倒臭くて…」


 学園の憩いの場である中庭には、私の婚約者のラウルが数人のご令嬢に囲まれていた。


 彼は、ラウル・ホールウェイ。身分は侯爵の次男。ラウルの父であるローウェルの妻は10人いる。兄弟姉妹は、異母兄が1人と18人の異母姉妹達。これがこの世界の貴族の一般的な姿だ。

 そんなラウルは第2夫人がその命と引き換えに産み落とした。彼は子供の頃から甘えるのが上手な子供だった。成長した今は頭も良く魔力量も多い。

 そして何よりも魔性の如きその美貌。確実に私よりも美人だ。それは別にいい…事実だし。


 問題は彼の誰にでも甘えてしまう癖と優柔不断でトラブルになる事。

 結果、尻拭いは私に回ってくる事が多い。

 もう16歳になり、数年後は成人なのに責任感は皆無だった。子供の頃から彼の尻拭いばかりさせられて、私はとにかく面倒事が大嫌いだ。


 彼の父は、優柔不断な彼を心配し、しっかり者と評判の私と婚約させた。

 なにそれ私は子守か?と子供心に思ったけれど。私は齢10歳で政略結婚と割り切った。


 婚約者にご令嬢が群がっても咎められない。なにせ、この世界は男性が少ないのだ。


「そろそろ助けてあげたら?」

「マリアあのね、私最近どうでも良くなってきちゃって…」

「え?どうしたのクレア」

「うん、まあね。ちょっと思うところもあって」

「そう言えば、クレアこの間風邪で1週間も休んでから雰囲気変わったよね」


 流石、親友気がついていたか。


「うん、実は…」

「クレア!」


 助けに入らずにいたら、珍しくラウルが逃げてきた。ご令嬢をぞろぞろと引き連れてるけど?


「あらラウル」


 ニッコリと微笑み、いかにも今気が付きましたの体裁をとる。そうすると文句も言えまい。


「ちょっとクレアに話があるんだ。君達また今度ね」


 美貌の微笑みを彼女達に向ける。

 クレア様ズルいーとか。

 私は気にしませんからどうぞ、とか。

 本当、外野が煩い。


「ええと、込み入ったお話かしら?」


 仕方がないので助け舟を出す。


「あぁ出来たら静かな場所で話したい」

「と言う事なので、皆様失礼致しますね。行きましょう?ラウル。マリアまた後で」


 ヒラヒラと笑いながらマリアが手をふる。令嬢達は私への不満を大声で話している。

 中庭が見える渡り廊下にいたので、そのまま東棟にある裏庭へ来た。無言でベンチに座るとラウルは黙っている、何かまた困り事だろうな。

 

 少し前なら問いただしていたけれど、今はそんな気力もない。ラウルの方を向いて、ボンヤリとラウルの後ろに咲いている薔薇を眺めていた。

 あのそのと聞こえる。


 ラウルは俯いているから、私が彼に興味なくボンヤリと薔薇を見ているのに気が付かないでいる。早く終わらないかなあ。


 ラウルが意を決して私に切り出したのは、あのその言い始めてから30分経っていた。


「あのね、第1婚約者を降りて第2婚約者になって欲しいんだ!」


 ごめん、それ知ってたわ。心の中で相槌をうつ。


「わかりました。その旨を伯爵家にお伝えください。他にございますか?」

「え?あ、いや。他に?あ、ええと…」

「無いようでしたら、私帰りますね?」

「え?クレア…」

「では、ご機嫌よう」


 無表情で挨拶するとラウルがギョッとしてた。いつもラウルのせいで怒ってる顔だものね。石のように固まっているラウルをほっといてさっさと私は帰宅した。





「クレア」

「あらお父様」


 帰宅すると玄関先に父が居た。


「遅いぞ。何をしていたのだお前は!」

「何って、ラウル様から第1婚約者を降りて欲しいと言われるのを辛抱強く待っていただけですわ?」

「何だと?」

「因みにそれを言い出すだけで、30分掛かりましたのよ?お父様」

「…あの腑抜けめ…」

「お父様お顔が怖いです」


 我がライウッド伯爵家の当主である父は、貴族では珍しく母一筋の御仁とそれはそれは有名だ。ついでに娘の私も溺愛している。

 ライウッド家は女神の血を引いていると言われており、代々前世の記憶を持つ転生者がよく生まれる家系なのだ。

 

 なにせ父も私も転生者だ。

 ただ父は生まれて物心ついた頃に思い出した、年季の入った転生者だけど私は違う。ついこの間の風邪の高熱で思い出したばかりだ。

 今日も帰りが遅い私を心配したのだろう。久しぶりに父に抱きついた。父も無言で抱きしめ返してくれた。


「お父様、婚約のお話は…白紙にして頂けますよね?」

「勿論だ。元々婿入りとしての婚約だ。第2婚約者?ハッ、ありえん!」


 折角優しいお顔にしたのにまた鬼の様になっている。早くお母様帰ってこないかなあ。

 

 この世界、男性が少ない。

 元々は男女同じ割合だったのが、ここ200年程で今の様になってしまったそうだ。

 だから男性は体を鍛錬し常に家を守っている。代わりに女性が政治や経済それに労働を支えている。そんな訳で母はこの国の産業大臣をしている。

 私も学園を卒業したら魔法省に入省が決まっている。子供の頃から魔道具造りが趣味でスカウトされた。おっと話が脇道に逸れてしまった。

 

「クレア!マシュー!!」

「ミリア!お帰り」

「お母様お帰りなさい」


 母は般若の様に怒っていた。

 お母様物凄く怖いです。




「それで誰が、第1婚約者にねじ込んできたの?」


 玄関先で話す内容でも無いしと皆で居間に移動した。


「ローズマリー・キュスノフト王女殿下ですわ」

「……まぁ、それはそれは」



 ◇◇◇◇


 昨日ローズマリー殿下に呼び出され、学園にある王族専用の個室へ案内された。


「お前がラウルの第1婚約者?」

「そうでございます」


 ふーんと鼻を鳴らし、ジロジロと私を見ている。その間、私ずっとカーテシーなんだけど。

 身分が高い方には、下々は話し掛けてはいけないのだ。腹立つ。


「わたくしは、ローズマリー・キュスノフト」

「お目にかかれて光栄で御座います。クレア・ライウッドと申します」

「顔を上げていいわよ」


 金髪にきつい緑の目。王家の色は皆無のようだ、国王陛下は黒髪と深い紫の瞳。確かローズマリー王女の母は8番目の側室で実家はガイナ子爵家と記憶している。


「手短に言うわ。ラウルの第1婚約者を降りて頂戴」


 おお、命令されてしまった。


「畏まりました」

「話が早くて助かるわ。もう帰っていいわよ」

「それでは、失礼致します」

 

 部屋を出ようとすると呼び止められた。


「ねぇ」

「何で御座いましょうか」

「お前、悔しくないの?」


 悔しがったほうが良かったとか?あれか、もしかしたら人の物じゃないと燃えない変態なのかな。


「いえ、特に」


 するりと本音が出てしまった。


「そう、ならいいわ。行きなさい」


 同じ年とは思えない尊大さで追い払われた。



 ◇◇◇◇



「クレアったら、物凄く面白い事になってるじゃない!」

「マリアには、昨日話したかったのに邪魔されたのよね」


 朝イチで学園に婚約白紙の話が広がっていた。出処は王女殿下だろうけど。自分の首を締めるなんて流石変態なだけあるわ。


「クレア!」

「あらラウル・ホールウェイ様どうされましたの?」

「どうしたって?なんで婚約が白紙になってるの!」

「どうしてと言われても…元々そのお約束でしたし」

「ええ?」

「侯爵様と伯爵家で取り交わした婚約要項に記載されてますわ。戻ったらよく確認された方がいいですわよ?」

「そんな!クレアじゃないと誰が僕の面倒をみてくれるんだよ!」

「ホールウェイ様、私達もう白紙になった間柄、私の名前で呼ばないで頂けませんか?」

「……そんな」


 誰が面倒みるとか…子供か。

 それに時と場所を選んで欲しかった、朝から注目されてうんざりする。


「行きましょうクレア。それと良かったわね!子守から解放されて」

「そうね、マリア。ありがとう」

「子守…」


 いつの間にか野次馬が集まり、クスクスと笑われている。ラウルは真っ赤になって去って行った。

 本当、マリアが居てくれて良かった。


 しかし王女殿下とラウルはどうするつもりなのだろう。いや、そもそも何も考えてないか。

 王女殿下はラウルに降嫁するとしても、ラウルは侯爵家を継ぐ事はない。適当な爵位でもラウルに与えて飼い殺しにでもするのだろう。


 問題は王女殿下だ。

 婚約者の位置づけは結婚後の立場であって、女性が多いこの世界で揺らいではならない柱の様なもの。

 臣下の婚約者を王家の力を使って位置づけを奪い取るなんて、あってはいけない事。

 明確な位置づけをして、ようやく女達は夫を共有する事に無理やり折り合いをつけるのだから。


 この世界において婚約はかなり重要で婚約を反故にするのは禁忌に近い。罰も与えず結婚を許してしまえば、立場がある者が何をしても良い前例を作ってしまう。

 どこに落しどころをもっていくのか今からとても楽しみだ。


「クレア悪い顔してるわよ?」

「あら?ふふふ。これから楽しくなりそうでつい」

「わかるわぁその気持ち。そうだクレア、子守から解放されたお祝いで、王都の最近の洋菓子店に行きましょうよ!」

「ありがとうマリア。楽しみだわ」


 ◇◇◇◇


 懐かしい、この空気。子供の頃はよく王都に遊びに来ていた。流行り廃りはあるが流石王都のメインストリートだけあって、店構えは殆ど変わりなくホッとする。

 マリアにケーキで祝われた後、私は寄り道をする事にした。護衛の侍女と一緒にその高級魔道具を取り扱う店に入る。


「いらしゃいま…せ。クレア?」

「お久しぶりレイ。元気にしてた?」


 見上げる程の背丈になっていた、私の初恋の男の子。柔らかそうな蜂蜜色の髪の毛、そばかすが散っている頬、静かな湖畔を思わせる瞳。

 相変わらず素敵だ。


「久しぶりに遊びに来たわ」

「本当だよ、6年ぶりじゃないか!」


 くしゃっと笑顔を見せる。笑い方も変わってなかった。心の奥をギュッと掴まれる。


「レイ、最新の魔道具を見せて欲しいの」

「いいとも!6年の間にかなり進化したんだよ」

 

 レイは昔と変わらずキラキラした目で道具を紹介してくれる。魔道具なんて口実だ。本当はレイに会いに来た。


「レイあの…」

「ん?あ、軽量化の事かい」

「それも気になるんだけど」


「レイ!」


 パタパタと店の奥から可憐な少女が現れた。


「ミシェル駄目だよ。店に出てきては」

「あ、お客様!」

「後でね」

「はい、ごめんなさい」


 まるで妖精の様な少女だった。彼女の後ろ姿を見つめていたら。


「いや、申し訳ない。僕の第1婚約者なんだ。田舎から出てきてまだ間もなくて…クレア?」


 後頭部を鈍器で思い切り殴られたような衝撃が襲った。顔色が変わった私を、レイは魔道具の説明を中断されて怒っていると思ったのだろう。頻りに謝っている。


「な、何でもないの。あの今日は少し寄っただけだから、また今度ゆっくり来るわ」

「ああ、待ってるよ」


 さよならとレイに告げる。後ろは振り返らなかった。馬車に乗り自宅へ戻る途中、見かねた侍女から声を掛けられた。


「お嬢様、身元をお調べ致しましょうか?」

「サリナありがとう。でも調べなくていいわ」

「畏まりました」


 そうだよね。6年だもの。

 婚約者の一人や二人いて当たり前だよね。

 私は、勝手にレイだけは忘れないで待っていてくれている気になっていた。


 正直、うちの両親が特殊なのだ。

 父は転生者だから、複数の妻というのがどうしても出来なかったそうだ。

 男性に決定権がある世界とはいえ、世間や常識で妻を複数持てという圧力は大きかった筈だ。父も母も苦労したと思う。


 私は、前世を思い出す前も、思い出したら余計に誰かと愛する人は共有できない。

 まあ、親戚から養子を貰い跡継ぎにすれば問題無いだろう。


 もう、この世界で結婚するのは諦めた。

 

 ◇◇◇◇


 早いもので学園を卒業し、魔法省で働いて2年経つ。

 あの後、ラウルと王女殿下は最短とも言えるスピードで婚約し結婚した。莫大な慰謝料を背負い爵位も領地も与えられず平民として、その際に手助け無用の魔法印を額に押される。

 これには、皆が震え上がった。


 実質、死刑。


 王女殿下は働く事が嫌で借金を重ね、結局は借金奴隷として鉱山に連れていかれた。ラウルは平民になっても女性にだらしなく1年も経たないうちに痴情のもつれで腹を刺されて亡くなった。


 結局、私の婚約していた6年はなんだったのか。こうなってしまえば全てが無駄だったのかと黄昏れてしまう。



 しかし、世の中は嫌な事ばかりでもない。

 子供の頃にレイやマリアに出会って、この世界の男女の割合に疑問を持ち、なんとか出来ないかとずっと密かに研究し開発していた魔道具がついに完成した。

 私が前世を思い出した関係でかなり発想が柔軟になり完成まで行き着いた。


「マリアついに出来たの!」

「本当にクレアは凄いわ」


 マリアとは今でも親密に交流している。今日も完成した事を早く伝えたくて至急きて欲しいと伝えたのだ。


 完成した錠剤と器具、今はこの2つがワンセット。だがいずれ改良してどちらか1つになれば使用者の負担も減るだろう。


「クレアこれで私は男性に?」

「ええ、マリア。親友の夢を叶えることが出来て私も嬉しい」


 マリアは心は男性で体は女性、こちらの世界では認知すらされていない。

 

「この錠剤を1年服用してゆっくりと体を整えて作り変える準備をして貰うの。体の準備が整ったら、この魔道具を埋め込むと性別が転換して固定されるわ」

「ありがとうクレア」

「頑張って幸せになるのよ、マリア」

「勿論よ、任せて。絶対に叶えるわ!」


 1年後、宣言通りにマリア改めリアンは幸せいっぱいに長年片思いをしていた花嫁を抱きしめキスを贈っている。そうリアンになっても私達は親友だ。今日の良き日は自分の事の様にとても嬉しい。



 女神がいない世界でも奇跡は起こせた。

 いつかもっと先の未来で、根本的な原因がわかれば、きっと女神もこの世界に戻ってきてくれるかもしれない。

 そんな事を夢見ながら生きるのも悪くないなと私は思う。


「ブーケトスよ!」


 わぁと参加者が歓声をあげる。花嫁が投げたブーケは真っ直ぐに私の腕に飛び込んできた。




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