表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

3分読み切り短編集

大人は疲れる。

作者: 庵アルス

 小ぶりの瓶からグラスに注いだ、琥珀色のハーブ酒。

 爽やかな香気が立ち上る。ゆっくりと息をして肺を満たすと、私は静かにグラスを傾けた。

 今日は疲れた。

 寝坊ギリギリだったので朝から走った。出勤途中で雨に降られた。客が理不尽なクレームをつけてきた。部下が備品を壊した。上司の発注ミスが発覚した。残業させられた。帰りの電車がトラブルとかでなかなか来なかった。コンビニでお気に入りのアイスが売り切れていた。

 なんだか散々な思いをした。誰が悪い、と言えないものも多かったので、自分の中で消化できていなかった。

「疲れたなぁ」

 今夜は夢も見ずに眠りたい。そんなときは酒の力を借りるに限る。

 琥珀色の液体をひと口、またひと口と嚥下する。

 なかなかに強い酒で、飲み下すと喉が灼ける。鼻に抜ける香りに、頭の芯がくらりとする。胃に広がり、じんわり染みていくのがわかる。

 疲れた身体に流し込むには、これくらい強烈でなくては。

 ツマミはコンビニで買ったポテサラ。割り箸でもそもそと食べつつ、酒で流し込む。

 適当に点けたテレビは、お笑い番組が流れている。ゲストを迎えてのオープニングトークが始まったばかりだった。

 漫才やコントを観ながら、グラスを呷る。

 ふと、無性にラーメンが食べたくなって台所に立った。インスタントラーメンでいい、でも卵を二個使って贅沢なラーメンにしてやる。溶き卵と落とし卵だ。

 疲れた夜に罪悪感など覚えていられない。けれど、冷蔵庫をあさって、野菜室から余り物の野菜を刻んで突っ込んだ。身体への、なけなしのいたわり。

 ラーメンを作ってテレビの前に戻る。お気に入りのトリオのコントが、ちょうど始まるところだった。

 熱々のラーメンを吹いて啜りながら。時折グラスを舐めながら。コントに笑いながら。夜は更けていく。

 お笑い番組が終わりに近付いてきて、私の中に淋しさが顔を出した。日付けはとうに変わっていた。

 夜更かしは疲れた大人の特権だと思う。どれだけくたびれ、弱音を吐いても、夜は見て見ぬふりをしてくれる。だらだらと過ごしていても、静かに受け入れてくれる。

 けれど、それではいけない。

 時間が経って朝になれば、社会生活の重圧が待っている。夜が優しくしてくれる分、朝の残酷さが身に堪える。

 瞼が重く、眠たくなってきた。起き続けるほど体力は残っていないのに、眠れば朝になるという現実から目を背けたい。

 しかし、抗うのも無駄だと、理性が喝を入れる。

「あーあ、寝るかぁ」

 そう発した声は、自分でも嫌になるくらい疲れていた。

2020/10/30

僕が一番飲む酒は薬用養○酒。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ