大人は疲れる。
小ぶりの瓶からグラスに注いだ、琥珀色のハーブ酒。
爽やかな香気が立ち上る。ゆっくりと息をして肺を満たすと、私は静かにグラスを傾けた。
今日は疲れた。
寝坊ギリギリだったので朝から走った。出勤途中で雨に降られた。客が理不尽なクレームをつけてきた。部下が備品を壊した。上司の発注ミスが発覚した。残業させられた。帰りの電車がトラブルとかでなかなか来なかった。コンビニでお気に入りのアイスが売り切れていた。
なんだか散々な思いをした。誰が悪い、と言えないものも多かったので、自分の中で消化できていなかった。
「疲れたなぁ」
今夜は夢も見ずに眠りたい。そんなときは酒の力を借りるに限る。
琥珀色の液体をひと口、またひと口と嚥下する。
なかなかに強い酒で、飲み下すと喉が灼ける。鼻に抜ける香りに、頭の芯がくらりとする。胃に広がり、じんわり染みていくのがわかる。
疲れた身体に流し込むには、これくらい強烈でなくては。
ツマミはコンビニで買ったポテサラ。割り箸でもそもそと食べつつ、酒で流し込む。
適当に点けたテレビは、お笑い番組が流れている。ゲストを迎えてのオープニングトークが始まったばかりだった。
漫才やコントを観ながら、グラスを呷る。
ふと、無性にラーメンが食べたくなって台所に立った。インスタントラーメンでいい、でも卵を二個使って贅沢なラーメンにしてやる。溶き卵と落とし卵だ。
疲れた夜に罪悪感など覚えていられない。けれど、冷蔵庫をあさって、野菜室から余り物の野菜を刻んで突っ込んだ。身体への、なけなしのいたわり。
ラーメンを作ってテレビの前に戻る。お気に入りのトリオのコントが、ちょうど始まるところだった。
熱々のラーメンを吹いて啜りながら。時折グラスを舐めながら。コントに笑いながら。夜は更けていく。
お笑い番組が終わりに近付いてきて、私の中に淋しさが顔を出した。日付けはとうに変わっていた。
夜更かしは疲れた大人の特権だと思う。どれだけくたびれ、弱音を吐いても、夜は見て見ぬふりをしてくれる。だらだらと過ごしていても、静かに受け入れてくれる。
けれど、それではいけない。
時間が経って朝になれば、社会生活の重圧が待っている。夜が優しくしてくれる分、朝の残酷さが身に堪える。
瞼が重く、眠たくなってきた。起き続けるほど体力は残っていないのに、眠れば朝になるという現実から目を背けたい。
しかし、抗うのも無駄だと、理性が喝を入れる。
「あーあ、寝るかぁ」
そう発した声は、自分でも嫌になるくらい疲れていた。
2020/10/30
僕が一番飲む酒は薬用養○酒。




