第1話
初めて小説を書き、いきなりこちらのサイトに投稿させていただきます。お見苦しい点多々あるかもしれませんが、よろしければ読んでやってください。
「マルボロか、マールボロか、赤マルか・・・オシャレでポップな呼び方はどれだろう」
平日の、しかも真夏のお昼過ぎにもかかわらず、神奈川県茅ヶ崎市の公園でタバコを吸いながら
上記のことについて思索している男がいた。
約1年半年前に神奈川のある大学を卒業した。
同期には新人にして月間営業成績1位を獲得した者、商社に入りヨーロッパ各国を駆け回る者、
デビューして1年で「冗談きついですよタモさーん」とお昼の番組にゲストとして
呼ばれている者、と早くも成功を収めている者が少なくない。
しかし、彼は就職をしていない。
「売り手市場」のまっただ中であったにもかかわらず。
夢にも現実にも挑戦できず、無為無策の日々を送るのみである。
世にも自分にも得るものがないことばかりを思索しているありさまだ。
そして、そんな現状に危機感を抱くどころか、「これはこれで悪くない」と考えているから
たちが悪い。
同期が社会を循環させている中、男はひたすらフリーターとニートのラインを
全力で反復横とびしていた。
今村陽一。残念と言わざるを得ないこの男の名前だ。
たばこの呼び方を無難に「赤マル」と決め、公園を後にし、
東海道線から小田急線快速急行に乗り換え、町田駅から徒歩15分の
ワンルームマンションを訪れた。
同じくフリーターとニートの狭間を一歩進んで一歩下がっている友人、
高山弘こと「ぴろし」と会う約束をしていたからだ。
福島から大学入学のため上京してきた陽一に、
新入生オリエンテーションで最初に話しかけたのがぴろしだった。
それから2人はサークルには入らず、同じゼミに入り、就職活動をあえて行わなかった
という点でも共通点を持つ2人はいよいよ親交を確かなものにした。
「うぃっすぴろし。貯金がどうしようもなくできていない負け組のホープたるお前のために、アイスを買ってきてやったぞ」
根拠のない仮想的優越感を込めて、陽一はベルも押さずドアを開けて言った。
「彼女いない歴が生まれてから23年のお前に、そんな気配りができるとはね。
驚愕したよ。よし、とっととこっち来て座れや」
「ああ」
色違いのコンバースであふれている玄関でそれらを踏みつぶしながら靴を脱ぎ、陽一は6畳の部屋に腰かけた。
部屋の中央に麻雀マットを敷けるほどのテーブル、隅に14型テレビデオと
スーパーファミコン、その隣に中古書店の値札がついた古本で敷き詰められた本棚、
そして空いたスペースに万年床。
壁は煙草のやにで茶色がかり始めている。
ぴろしはあまり部屋の整理や清掃が得意ではないことがよくわかる趣だ。
オブラートに包めずビブラートに声を出し、
「きったねえなあ!!!!!」
と突っ込みをしてもかまわない程度の乱雑ぶりである。
「午前中何をしていたんだ。寝ていたのか」
コンビニ袋からチョコモナカアイスとイチゴ味のかき氷を取り出しながら、部屋主に尋ねた。
「んん、いや、ネットで職探し。
最近、工場からお呼びがかからなくなってさ。
いよいよやばいよ、日本より俺が」
昨年秋ごろからの「100年に1度の大不況」の波は、
ぴろしをも飲み込んでいた。
シャンプーやらトリートメントやらの袋詰め、箱詰めなどの梱包をライン作業で行う工場で、
彼は週に4日のペースで働いていたのだ。
しかし、それが今年の3月に入ってから週に2回入れるかどうか、になっていた。
一応、他の派遣先もあったが、肉体労働が苦手な彼はそれらを拒んだ。
寂しげな顔をしつつも、光の速さでぴろしはチョコモナカアイスを手にした。
「そうか。接客のアルバイトなら選び放題だぞ。得るものもある。
俺を見ろ。コンビニで働いたり働かなかったりして早1年半、
その中で得たアルカイックスマイルに、民の心はみな踊る。
それといない歴は23年ではない。2年だ」
飛鳥時代・白鳳時代の仏像彫刻に見られる古式微笑を陽一はくり出した。
「無理だよ。終始笑顔で接客をするなんて。ただシャンプーを袋に入れてきたライン作業と
仕事が違いすぎる。
同じクラスの気になっていた男子から告白をされて、舞い上がる自分を抑えながら
「まずは お友達から」と答える中学生女子並に奥ゆかしい俺には無理だ。
そしてリアクションが恐竜並に遅いな。付き合ったといっても5分だろ。
そんなもの含めるな。恥と思えよ」
動揺すると長くわかりにくい例えをするのがぴろしの悪い癖である。
たまに反応を2,3呼吸遅れて返すのが陽一の悪い癖である。
「まあ頑張って探せ探せ。
含めるわ。アメリカ国歌の歌い出しは「5分付き合うこれ恋人〜」ではないか。
付き合って3分経った頃には彼女との子の名も考えていたくらい本気だったのだぞ」
「新大統領に全体重をかけて殴られそうなことをいうな。そして気が早すぎる。
でもどんな名前よ」
「まず、世界各国だれからも日本人だ、とわかる名前にしたい。
日本人であることを、ボーダレスな国際社会の中でも忘れないようにするためだ」
陽一は立ち上がり、演説を始めた。
毎度のことである。ぴろしが問いかけをすると、彼独自の理屈を以て演説が始まるのだ。
時には犯罪的につまらない、ぐだぐだな時もある。
しかしその滑稽な姿は大概笑えてくるので、ぴろしは相の手を入れるに留める。
「今回は娘ができるとしよう。
現代の日本では〜子や〜美という名の女性が徐々に減少している。
名前にも流行り廃りがあるのだから、それはしょうがないことだ。
しかし古い価値観を持つ人間である俺には、やはりこれらの名前が
美しく思えてならんのだ」
「ほうほう」
「また、今村というやや発音しづらい苗字と連ねながらも、
淀みのない名前でなければならない。
これらから導き出した名前は」
「導き出した名前は?」
「今村サラ・ジェシカ・パーカー」
ぴろしは迷わず陽一の頭を殴った。