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第66話 -情念-

足を運んでくださる皆様ありがとうございます。



「ユズハ、そろそろ離せ」

「…嫌です」


しばらくディーを抱きしめたままでいると、離せと言われたけれど従わずに、そのまま彼をぎゅと抱きしめた。


「ユズハ」


困惑の混じった声で、ディーが抗議するように名前を呼んだが、わたしはそれでも従わなかった。

すると、溜息を深々と零した彼が、「どうなっても知らないからな」と呟きを落とした。

ことりと首を傾げた次の瞬間、鎖骨の下あたりにぞわりとした感覚が走って、わたしは驚き小さな悲鳴を上げた。


「ひゃっ!」


何事かと視線を下げると、ディーがわたしの胸元を服の上から甘噛みしていて、驚愕に目を見開いた。


「な、何をしてるんですかっ!!」


わたしは真っ赤になって、ディーの頭を掻き抱いていた腕を離し、彼の両肩をぐいっと押して、そこから引き剥がした。


「俺は、離せと言ったはずだ」


しれっとそんなことを口にしてから、ディーはニヤリと口元を笑みの形に持ち上げてみせた。


「だ、だからって!!」

「お前の身体は、どこもかしこも柔らかくて甘いな」


そう言ってディーは今度は彼の肩を押し返していたわたしの腕にかぷりとかみついた。

わたしは今度こそ全身が茹蛸のように真っ赤になって、声にならない声を発した。


互いに気持ちを確認しあってからというもの、ディーがこうして甘い言葉を発し、行動に出すようになってくれて、とても嬉しいことなのだが、許容量をオーバーするほどの情を向けられてしまうと、途端にわたしはぽんこつになって何も考えられなくなるので、困ってしまう。

わたしって恋愛面に免疫がほとんどなかったのだと今更ながらに気付かされ、何事もほどほどが丁度良いと学んだ今日この頃である。


「ディー!加減してくださいって言っているでしょう!!」

「十分している」

「また、しれっとそんなこと言って!騙されませんからねっ!」


ベッドの上に起き上がり、ぎゃあぎゃあと喚くわたしとは逆に、ディーの声は至極冷静で、それこそ普段と変わりない。

ムッとしてクッションを抱きしめディーを睨み付けるが、彼はふっと吐息を吐き出すと共に表情を緩めて笑みを見せた。

それを見てわたしの怒りは途端にどこかへと飛んでいく。

だって彼が今見せたその顔は、ディーの見せる表情の中で、わたしが特に好きな表情だったから。


毒気を抜かれてきょとんとしているわたしに、ディーはそっと距離を詰めて額にキスを落としてから離れた。


「ふっ」


額にもたらされた熱を感じていながらも、いまだにきょとんとしているわたしを見てディーが笑い出した。

声に出して笑うことはないけれど、口元に手を当てて肩を震わせている。

途端にわたしは羞恥でかぁっと体が熱くなって、抱きしめていたクッションでディーをぼふんと叩いた。


「ひどい!からかったんですねっ!!」

「くくっ。違う、からかってない」

「笑いながら言っても、説得力ないから!」


もう一度クッションを振り上げたが、ずいっと間を詰めたディーはわたしの手から簡単にそれを取り上げて、部屋の隅にぽいっと投げやってしまった。


放物線を描いて床に落ちるクッションを視線で追って伸ばした手をディーの手が包みぎゅっと握られる。

引き寄せられるようにディーへと視線を戻せば、もう一方のディーの腕が腰に回されて彼に抱き寄せられていた。


「からかってない。お前が、可愛くて、仕方がないんだ…」


ぼそりと呟かれた言葉に驚いて目を見開いていると、目の前にあったディーの顔がだんだんと近づいてきて、何か言葉を口にするよりも早く、互いの唇が重なっていた。


渇いていたはずの涙は、今度は別の原因により再びわたしの瞳から溢れてくる。

大きな喜びと、少しの息苦しさと、多大なる羞恥心からもたらされるそれは、ディーが与える熱と、安堵からくる微睡に抗えず意識を手放すまで何度も頬を伝い零れ落ち、柔らかなリネンを濡らしていた。



*・*・*



最近の悩みの種はそう、

この頃、スキンシップが激しすぎる。

この一点に限る。


ディーのプライベートルームで、この国の歴史書と睨めっこしながら、頭の中は別のことを延々と考えていた。


これは部屋を分けることも本気で考えるべきか?

そう思うことも一度や二度ではなかった。それでも、離れることでディーがまた悪夢を見たらと思うと、それは絶対に嫌だ。

それに、わたしだってディーの傍に居たい。過剰なスキンシップは落ち着かないから控えてほしいけれど、傍に居ると心がふんわりして心地良いから、その度にやっぱりこの人が好きだなと再認識する。


日中に向けられる過度な愛情表現を思えば、夜一緒のベッドで寝るのは危険かと考えたこともあったが、ディーが手を出してくることはなかった。

互いに気持ちを確認し合った最初の夜はわたしが先に寝落ちした為、キス、ハグ以上の過激なスキンシップにはならなかったけれど、その分翌日の夜は緊張していた。どうしたら良いのか分からずに、ベッドの隅に腰を下ろしかちんこちんに固まっているわたしを見て、隣に腰を下ろしたディーは言ったのだ。


「そんなに意識されると、かえって落ち着くものだな」


と。小さく肩を震わせ、笑いの混じる声でそう告げられて、一瞬きょとんとした後に羞恥で体が熱くなり、クッションを持ち出して反撃をしたことも記憶に新しい。


「無理強いはしない、嫌われたくはないからな」


そう言って優しく抱きしめるディーの腕の中で、きっとどんなことをされても嫌いになどならないし、嫌いになどなれはしないのだと声にならない声で呟いたのだが、彼には聞こえなかったそれを、教えてやるつもりは今のところない。


だって!一気にこられたら、わたしの身がもたないものっ!


ただでさえ顔面破壊力MAXのイケメンから繰り出されるのが計算しつくされた作られた笑みだとしても、心高鳴らせてしまうわたしが、キス、ハグ以上のスキンシップになど耐えられるはずがない!断じてない!


おかげであんなに緊張した就寝タイムも、以降はキス、ハグ以上のことはしてこないディーに安堵し、心地良い体温と極上の寝場所がもたらすリラックス効果に抗うことが出来ず、以前と変わらずわたしは秒で寝落ちしている。


だから知る由もない。

眠る私を見て、何とも言い難い複雑な感情の入り混じった溜息を、ディーが毎夜吐き出していることなど。

時に寝ている間に悪戯され、朝起きて首筋に赤い痣があるのを見て「虫に刺されたかな?」と首を傾げるわたしを見て、ディーが口元に意地悪な笑みを浮かべていることなど。


そう、知らないのはわたしだけ。

ディーが人前では過剰なスキンシップをしてこないから気付いていなかった。

まさか、周囲の人は皆知っていたなんて。


「とうとう囲い込まれたか」

とか。

「生け贄にしてすみません」

とか。

「あんなのに捕まって可哀想に」姫様談

とか。

「うん、まぁ、あれだ、うん。がんばれ」グレン様談

とか。


顔を合わせる人達が、口にするその言葉や、時に可哀想な者を見る目で見られたり、憐れまれたり、恥ずかしそうに頬を染められたりとするその態度に、何も知らないわたしは首を傾げるばかりだったのに。


皆の態度がおかしいと相談すると、ディーから「ああ、俺がきっぱりと言っておいたからな」と普段の高慢な様子そのままに言われ、驚愕して目を見開き、「なんですってー!」と悲鳴を上げてプライベートルームに駆け込み、ソファに突っ伏して羞恥で発狂したのはつい最近の話だ。


執務室に居たジェイドさんは、傍らで普段と変わりなく政務を進める義弟に


「ユズハさんをいじめると後が怖いよ?」


と釘を刺したらしいが、


「はっ。誰が来ようと門前払いにするだけだ」


と、ディーはそうするのが当たり前のように言葉を吐いたらしく、溜息を零したジェイドさんは「ほどほどにね」としか言えなかったらしい。


それを聞いたわたしは、


「ちょっとジェイドさん!そこで説得するのを諦めないでくださいよ!お兄ちゃんでしょ!」


と、ジェイドさんに詰め寄ったが、「まぁまぁ。可愛い義弟をよろしくね」と頭を優しく撫でられ、いつものあの優しい笑顔を向けられて、その笑顔があまりにも嬉しそうだったからそれ以上文句を言うこともできなくて、大人しく「はい」と言うしかなかった。

まぁ、口元はむくれて尖らせてはいたのだけれど。



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