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第64話 -溢想- ※神官視点

お待たせしました。サブタイトルは造語です。

語録の少ない脳内が恨めしい。


暗く淀んだ世界にいた。

ああ、久しぶりにこれかと、呆れるような溜息が零れた。


ユズハが傍にいるようになるまでは、常に眠りを妨げ、己の精神を蝕み続けてきた悪夢。

一筋の光もないその場所は、余計に己の感情を削いでくる。

助けを乞う切実な願いも、強くあろうとする決意も、全てを無駄な足掻きだと簡単に黒く塗りつぶしていく。

蹲り小さな手で自身を抱きしめて耐えるだけのものだったそれが、いつからか恐れることはないのだと思えるようになったのは彼女に出会えたから。


煩わしいと感じていた人との関わりが、彼女とならむしろ切に願うほどだと思ったのは、きっと初めて会った瞬間からなのだと今なら分かる。

召喚の儀を開始し、ここではない世界と繋がって、彼女の存在を掴んだその瞬間から高揚していた己の感情。

抑え込むのがやっとだったほど、その存在に歓喜し胸が震えた。

次々と溢れてくる感情に、泣きだしてしまいそうだと歯を食いしばり耐えねばならなかったほどに、俺はその存在に安堵し、心救われ、同時に強く欲していた。誰にも渡さないと、もっと傍にと。

だからこそ、あの制約が結ばれてしまったのかもしれない。

一定距離以上、離れられないようにと。


ただの自己満足だ。自分勝手で、彼女には大いに不便を強いた。

それでも彼女は、ユズハはそれを厭うことなく傍にあり続けてくれた。

冷たくあたる己に、嫌悪を示すことなく無邪気に近寄ってくる。

時折離れすぎて腕に飛び込んでくるたび、ふわりと香る彼女の甘い香りに、戸惑いと共に広がる温かい感情に、暗く沈み切っていた心が浮上していくのが分かった。


こちらが腹の底にどんな欲望を抱えているかなんて知りもしないで、ユズハはのほほんとした調子で変わらず傍に居るから、毒気を抜かれることもあれば、警戒心がなさすぎると少々腹立たしくなることもある。


遠巻きにしていたはずの王宮の官僚達が、執務室に足を運ぶ回数が増えたり、けばけばしく悪臭漂わせる毒花(令嬢)が寄ってくるようになったりと、ただでさえ平穏な日常が壊されつつあって面倒だと思っていたのに。

離れられなかった制約がなくなり、ユズハが自由に動き回れるようになると、少しずつ要らぬ虫がわくようにもなって煩わしさが増した。

ジェイドなど、「きちんと気持ちを伝えて早く手に入れないと、横からあっという間に攫われちゃうよ」と脅しをかけてくる始末。

その言葉にピクリと反応し、こめかみに青筋を浮かべたのは、伊達に十年共に過ごしてきたわけではないと互いに気づいたからだ。

隠すように秘めた義兄の心の奥底に誰が居るのかなど、とうに気づいていた。

それでも恋敵とも言える相手に助言をするなど、こいつも大概兄バカだなと呆れた。

譲る気は毛頭ないが、せめて幸せであって欲しいと望むようになったのは、きっとユズハのお節介すぎる情が移ってしまったのだろう。


「ほらね、そうやって気づけるようになった」と笑う義兄の姿に、負の感情を抱かないのは、心の安寧を手に入れたからだと思う。

ユズハが居るから、迷わずにいられる。立ち止まらないでいられる。生を、諦めないでいられる。


だからもう、俺はこの暗闇を恐れることなどなくなっていた。


それに一つ、気づいたことがあった。

夢にこの闇が現れる時、ユズハが傍に居ないのだということに。


纏わりついてくる重苦しい闇を、力いっぱい体をねじって跳ね除ける。


「お前らに関わっている暇などない!散れっ!!」


感情のままに叫べば、己の体から光が溢れ闇を散らしていく。

その光が纏う魔力に覚えがあり、またも心が救われる。


お前はいつだって俺を、こうして暗闇から救い出すんだな。


ふわりと舞う光を一つぎゅっと握りしめて、その魔力の持ち主を思えば、脳裏に浮かび上がるのは笑っているユズハの姿だった。


「待ってろ。すぐに迎えに行く」


暗闇が己の内から溢れたユズハの優しい光で満たされていくと共に、俺の意識も浮上していった。



*・*・*



目が覚めて案の定傍にはない存在を真っ先に探した。

自身に施されていたのであろう治癒の魔力からは、ユズハ特有の波動が伝わってきて、彼女の行方を容易に教えてくれた。

ほどなくして部屋を訪れた医術士からも、ユズハが緋龍に会いに焔煉の谷へ向かったことを聞き、誰が止めるのも聞かず転移を行った。


ユズハの魔力が途切れた場所へ向かうと、曖昧だった彼女の存在がふいに明確になる。

緋龍の魔力も感じ取っていたから、奴がユズハを異空間へと連れて行ったのだろうと予想していた。

間を置かずして、音もなく姿を現した二人の元へ歩みを進めた。


彼女の傍に立つ男の姿に苛立ちがわく。

気配から緋龍なのだということは分かるが、その近い距離が気に入らない。

自然と相手を睨み付け、ユズハを返せと暗に示した。


こちらへと振り向くユズハの姿に、男を睨み付けていた視線が険しさを失う。

引き寄せられるようにユズハへと視線を移し、無事な姿にほっと安堵した。

それと同時に胸に広がるのは愛しさ。そして触れたいという欲望。

足早にユズハへと近づき、緋龍の傍から彼女を奪い取った。


囲い込むようにしてユズハを抱き込めば、緋龍からは呆れたような溜息が零され、ユズハが離れようと腕を突っぱねる。

抱きしめている腕を緩め、立ち位置をずらせば、緋龍からはまたも揶揄する言葉が発せられ苛立ちが湧く。

だが、緋龍を真っ直ぐに曇りのない視線で見つめ、堂々とした態度でユズハが口にした言葉は、己を驚かせ思考を停止させるには十分のものだった。


「誰よりも大切な人に囚われるのなら本望です」


そうきっぱりと言い切ったユズハ。


彼女が己を嫌悪していないことなど、どれだけ心を許してくれているかなど、とうに分かっていたつもりだった。

一緒に過ごした時間の長さと、その間に見せた彼女の態度が、雄弁に全てを物語っているから。

けれど言葉にすることが、こんなにも胸の奥を強烈に穿つものだとは思っていなかった。


想いを明確に示されることが、こんなにも心揺さぶるものだったなどとは知らなかった。

故に、気づいた。

己もまた、言葉にして示していないということを。


自身の一方的な思い込みだと思っているのだろう。

俺に囚われていると、そう感じ、それを本望だと思っていることを。


体の奥底から湧き上がってくる感情に、胸が苦しくなる。

喉の奥が焼かれたようにひりついていた。

緋龍へ感じていた苛立ちも、一瞬にして霧散し、口元は知らず笑みを形作る。

緩みそうになる己を必死に律し、零れそうになる惚気を片手で覆ってなんとか留めた。

次第に熱が集まってくる。

むず痒い感情が体中を駆け巡り、体調を崩したわけでもないのに体が熱を発しているなど、生まれて初めての経験だった。


緋龍と交わした言葉は少なく、どこか朧げな感がぬぐえない。

ユズハに伝えろと言われたことだけはしっかりと把握しているが、何よりも先に己の口をついて出た言葉は、彼女を想って止めどなく溢れる愛しい感情だった。

そしてこれまでずっと抑え込んできた感情までもが共に溢れだす。


「好きだ」


伝えた言葉に同じだけの想いを返され、涙する彼女を目にすれば触れたいという欲望を押さえることは出来なかった。

触れ合った柔らかい唇は、想像していたよりもずっと甘く、己の理性を簡単に崩壊させていく。


ユズハの存在は脅威だ。

頑なに殻に閉じこもる己を、容易に外界へと引き摺り出す。


煩わしいと避けてきた他人との関わりを、そうでもないのだと思わせる。

自身の命よりも大事だと思える存在など、もう二度と巡り合うことはないと思っていたことも簡単に覆されて。

生きることすらどうでもよかった己を、容易に生へと縋りつかせる。

人を想う感情など、とうに忘れてしまっていたはずなのに、次から次へと当たり前のように生まれてきて。


人並みの感情を持ち得ていたのだということを、お前が教えてくれる。


ユズハ、お前の存在がこんなにも愛しい。

誰よりも傍にあって、一生離さないで閉じ込めておきたいと、ほの黒い感情が芽生えるほどに恋い焦がれている己が居る。


いつも傍にあって。

手を伸ばせば触れられる距離にあって。

それでもまだ足りないのだと、己の本能が告げている。


『好き』だなんて言葉では到底足りない。

このどこから溢れてくるのかと疑うほどに、止めどなく生まれて出てくる感情を表す言葉など、どんなに知恵を絞っても出ては来ない。


こんなにも、お前が愛しい。


堰を切ったように溢れる感情のままに、細く華奢な体を両手で目一杯抱きしめて、俺はユズハの唇に己のそれを、何度も何度も、ただ重ね続けた。


神官の回はサクサク筆が進んで良いですが、内容的には全く進展がなぃという。。。

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