表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/67

第63話 -迎え-


随分と沢山のことを緋龍から教えてもらったから、とても長い時間をその空間で過ごした感覚があった。

けれど緋龍が空間を解いて戻った森の中は、今だ明るい陽射しが木々の隙間から差し込んでいて、時間の感覚がおかしくなっていた。

ただ来るときは一緒だったジェイドさん達の姿が近くに見えないことから、それなりに時間は経過しているようだった。


「王宮まで送り届けるつもりだったが、無用のようだな」

「え?」


街へと続く森の境へと視線を向け、呆れたように息を吐き出した緋龍を見上げてから、その視線を追いかけるようにしてそちらを向くと、そこに予想もしていなかった人物の姿があって息を呑んだ。


「な、んで…」


あまりに驚きすぎて呼吸もままならないわたしのすぐ傍まで早足でやってきたその人は、強引にわたしを抱き寄せて緋龍を睨み付けている。


「勝手に連れて行くとは、良い度胸だ」


地の底を這うような低い声が頭の上から聞こえてくる。

怒っているような雰囲気も伝わってきた。わたしを抱きしめている腕に力が入り、苦しいくらいにぎゅっと抱きしめられていた。



そう言えばわたし、眠ったままのディーがどうやったら目を覚ましてくれるのかを聞きに来たはずなのに、それ以外の話が衝撃的すぎるものばかりで、まだ確認できていない。


今更それを緋龍に問うたところで全く意味がないのは、今わたしをぎゅうぎゅうと抱きしめているこの腕の持ち主を見ればわかりきっていた。


「ディー、目が、覚めたんですね。良かった」


腕の中からその持ち主である彼を見上げ呟けば、ディーは緋龍に見せていた怒りの表情を瞬時に消してわたしへと視線を向けた。

隙間も無い程にきつく抱きしめられていた腕の力が緩み、互いの視線がぶつかる。


見上げたディーの顔の眉間に寄った皺の深さから、わたしを異空間へ連れ去った緋龍への怒りと、わたしがいなくなったことへの不安と心配と、色んな感情が混ざって気持ちの整理がつかないであろうことが分かり、ほっとすると同時になんだか可笑しくなった。


ああ、貴方が生きて、動いていて、目の前にいてくれることが、こんなにも嬉しくて、それだけで幸せなんだってことにようやく気付いた。


目の奥が熱を持ち、次第に視界が滲みだす。

嬉し泣きのような表情になりながら、ディーを見上げていると緩んだはずの腕にもう一度力が入り、ぎゅっと抱きしめられた。


「ユズハ」


ディーのわたしの名前を呼ぶ声が少し震えていて、あまりにも切なさを含んだ響きに胸がいっぱいになった。彼の背に腕を回し、わたしもディーをそっと抱きしめた。

力を抜いて彼の胸に頭を預けると、一番安心できる場所に帰ってきたのだという安堵の気持ちが体中に広がっていった。


「…………はぁ」


誰かの大きな溜息が聞こえてきて、ハッとしてディーの胸を押し返してそちらへと視線を向ける。

緋龍がまだそこにいるのに、わたしってば何てことを。

恥ずかしさが急激にこみ上げてきて、瞬く間に顔が赤く染まった。


「すみません、エルヴィス様」

「ちっ」


緋龍の介入に苛立ちを隠せないディーは、腕の力を緩めはしたが、解放する気はないようで、片腕をわたしの肩に回し抱き寄せたまま緋龍を睨み付けていた。

そんなディーを見て緋龍は呆れた表情を露わにして、再度溜息を零していた。


「神子、そなたも難儀な者に囚われたな」

「え…」


緋龍の言葉を聞いて、思わずディーを仰ぎ見てしまった。

その眉間の皺が一層深くなったのに気づいて、わたしは慌ててディーの衣をぐいっと引っ張って意識をこちらへと向けた。


「ディー」

「どうした、ユズハ」


不安げに見上げその名を呼べば、緋龍へと向けられていた怒りの感情は一瞬で霧散し、柔らかな表情を見せてくれた。

他の人にもそうしていれば良いのに。

ディーの表情の変化に、僅かに見開いていた目を笑みに変えてから、緋龍へと向き直って告げた。


「誰よりも大切な人に囚われるのなら本望です」

「っ!」

「ほぅ」


きっぱりと口にした言葉に、頭上から息を呑む声が聞こえ、視線の先で緋龍は感心したように小さく呟いた。

あ、そう言えば。

わたし、ディーに自分の気持ちを伝えていないのにこんな告白みたいなこと…。


少し落ち着いた筈の熱がぶり返し、再び顔が真っ赤に染まっているのは間違いない。

あわあわと内心で慌てふためきながらも、あることに気づいて、その熱がさーっと血の気が引くかのごとく引いていき、今度は青褪めた。


ディーの気持ちを聞いたわけじゃないのに、わたしってば何勝手なことを!


いつだって気にかけてくれて、大事にしてくれて、こうして抱き寄せられるから、好かれているだなんて勝手に思い込んで。本人に確認もしてないのに、勘違いも甚だしいったら!


赤くなったり青くなったりして、両手で頭を抱えて俯いていると、緋龍から「神子」と声を掛けられて、顔を上げた。


「一人で考え込むな。そこに答えをくれる者がいるだろう」

「っ……」


その言葉に息を呑む。恐る恐る目の前の人物を見上げると、そこには片手で顔を隠すように覆うディーの姿があった。

指の隙間から見える頬が、ほんのり赤く染まっているように見えるのは、自身の願望が見せる錯覚なのだろうか。


「最後に一つ、黒い加護の紋を持つ者について言っておこうと思ったが、やめておこう。神官、そなたは知っておるな」

「ああ」


緋龍は呆れと敵意とが入り混じった目でディーを見ている。

先程わたしに話してくれた「龍は総じて嫉妬深い」という言葉が思い起こされた。


ディーの返事を聞いて、緋龍は短く息を吐き出すと、その続きを口にした。


「今後の神子の動向にも関わることだ。きちんと教えてやれ」

「わかった」

「ならば、我は行く。神子、そなたのことは鱗を通して見ることができる。我の助けが欲しいときはそう言え」

「はい、ありがとうございます」

「では、な」


人の姿をとっていた緋龍は、元の龍の姿へと変化しながら大きな翼をはためかせ大空へと飛び立っていった。暫くその姿を見送っていたけれど、静けさが戻ってくると、森の中にディーと二人残されていることに段々と恥ずかしくなってきた。

ディーの腕が肩に回されたままで、触れる彼の熱を無性に意識してしまう。


うぅ。もうここまできたら、ちゃんと言わないとダメだよね。

拒絶されたら、ちょっと、いや、かなり立ち直れないんだけど。

ああ、そしたら部屋も出て行かないといけないよね。迷惑だもの。


悶々と考えていると、どうしても悪い方にばかり向いてしまう。

俯き加減も更に増して、頭が下がっていく。


もうこうなったら言うしかない!と意を決して息を吸い込んだ時、頭上からわたしの名前を呼ぶ声が降ってきた。


「ユズハ」


その声にドキリとする。

とくとくと早鐘を打ちだす鼓動とともに、ゆっくりと目の前の人物を仰ぎ見た。


目があった瞬間、ディーの目に強い意思が秘められているのが見て取れた。

わたしの両肩にそれぞれの手を置いて、ディーが真っ直ぐにわたしを射ぬくように見つめている。

何を言われるのかと、拒絶されるのではと恐れ硬直したわたしの耳に届いたのは、それとは真逆の言葉だった。


「お前が好きだ」


告げられた言葉に目を見開いた。

わたしを見るディーの目が逸らされることはなく、彼の言葉が嘘や冗談ではないと訴えていた。

視線を動かすことも、何かを口にすることもできず、わたしはただ彼の目を見返していた。


そんなわたしにディーは表情を緩めてふっと笑い、切なそうに瞳を細めてから耳元に顔を寄せるともう一度口にした。


「ユズハ、お前が好きだ」


ぎゅっと胸が苦しくなり、体の奥から何かが溢れてきて喉元を這い上がってくる。

堪らず僅かに開けた口から零れ落ちたのは、痛いくらいに胸を焦がす想いだった。


「わたしも、ディーが、好き」


瞳に溢れた涙も一緒に零れ落ちて、ゆっくりと体を起こしわたしの顔を覗き込んできたディーが目元に唇を寄せた。

零れ落ちる涙を彼がその唇で吸い取っていく。

そのままディーは頬に、こめかみに、額に、鼻先にと口付けを落としていく。

それがくすぐったいのと恥ずかしいのとで、涙はいつのまにか止まっていた。

こつんとわたしの額と自身のそれを合わせたディーは、至近距離から嬉しそうに微笑んでいる。

その表情にわたしも嬉しくなって、じわりと温かい感情が胸に広がった。


ああ、わたしこの人がとても好きだ。


外見がカッコいいだからとか、護ってくれるからだとか、仕事ができるからだとか、そんなことは関係ない。

わたしはこの人が好きだと、ディーの纏う雰囲気が、その冷たくも優しい性格が、伸ばされる手が、ディーをつくり上げている全てが、愛しいとそう思った。


「ディーが、好き」


呟いた言葉はふいに近づいた気配に呑み込まれ、伏せていた視線を上げた時には、柔らかな感触が唇を塞いでいた。

驚きに目を見開き、彼の胸に置いていた手に力が入る。

意図せずディーの体を押し返そうとしてしてしまい、肩に置かれていた彼の手が腰と後頭部に回り、逃がさないとばかりにぎゅっと引き寄せられた。

触れるだけの柔らかだった口付けが、呼吸すらも許さないというほどにきつく深いものに変わる。

まるで食べられているかのようだと思いながら、目を閉じてディーに身を任せた。


甘いシーンを読むのは大好物ですが、書くのは苦手です。頑張ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ