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第60話 -真実-

足を運んでくださる皆さまありがとうございます。



目の前には、柔らかな緋色の光を放つ掌に収まるほどの球体が浮かんでいた。

その光を挟んで、わたしは緋龍と向かい合って立っていた。


今目の前に立つ緋龍は、緋色の長い髪に黄金の瞳をした人の姿をとっていた。

見た目には二十歳くらいの男性だ。少し幼い顔立ちをしていた。


「そのお姿は…」

「龍体のままではそなたも話し辛いであろう」

「お心遣いありがとうございます」

「して、そなたの問いは心得ている」


緋龍の言葉にわたしは驚きを隠せなかった。

彼に促され、わたしたちはその場に腰を降ろした。

何もない空間だが、不思議と地面の硬さは感じられなかった。

目の前の緋龍以外、何も見えない真っ暗な空間に居るのに、これまでと違って不安を感じないのは、この空間を作り出したのが彼だからなのだろう。

そうだとしても、これから緋龍が何を語るのかについては見当がつかず、心臓は早鐘を打ちだしていた。


「まずは先に話しておこう。神子が少しずつ過去を見てきたように、我もまたその鱗を通して同じものを見てきた」

「え……」


前回緋龍に会いに来た時、加護が受け取れなかったわたしに、変わりだと渡された鱗。彼はそのことを言っているのだということが分かった。

いつでも身に着けていられるよう、ディーがネックレスに加工してくれていたのだ。根元に近づくにつれうっすらと黄色を帯びているその鱗は、透明な薄いガラスの容器に入れられおり、常に首から下げて持っていた。


「神子が何も知らなかったように、我もまた記憶に枷が掛けられていた。其れゆえ、先にそなたに出会った時には何も告げることができなかったのだ。すまないな」

「いえ、わたしが思い至らなかったのです。紫龍について記述が残されていない以上、この世界の理に何らかの制約があるのは明らかなのですから」

「それだけではない」

「え?」

「そなたがここで知り得たこともまた、他言できない制約を伴う」

「……。それだけ重要なことだと、いうことですね」

「そうだ」


辺りが静寂で包まれる。

緋龍の言葉にわたしは何と返してよいか分からず、続く言葉が出てこない。


「聞かぬ、という選択肢もある。だが…」

「それを選べば、わたしは神子としての力を使えない、ということですよね?」

「そうだ」


緋龍の話を聞かなければ、神子としての力を使えないのであれば、迷うことなどない。

けれど『制約』についてだけは先に確認しておくべきだ。内容次第では、皆に心配を掛けてしまうから。


「お話を伺う前に、ひとつだけ教えてください」

「なんだ」

「もし、知り得たことを話そうとしたら、どうなりますか?」

「心配しなくて良い。その部分についてのみ、言葉にできない、文字に記せない程度の制約だ。代償はない」

「それを聞いて安心しました」


ほっと安堵して胸を撫で下ろした。話せない、文字に記せない程度ならば皆に心配をかけることもない。

仮に痛みや記憶障害など、目に見える変化があれば、皆をより心配させてしまうから。

そうならなくてすむことに安堵した。


「神子、覚悟はできたか?」

「はい、聞かせてください」

「わかった」


緋龍はどこから話そうかとぽつりと零し、やはり最初からだなと呟くと、一度目を閉じて深呼吸をしてから話しはじめた。


「この世界に現存している龍は、我を含め四種。緋龍、蒼龍、翠龍、湟龍。この中で一番若いのが湟龍、次に我。一番長き時を見てきたのは翠龍で、あれは四千七百年の時を生きている」

「四千七百年…」

「我の四倍ほどの時を生き、国を見守っている」

「エルヴィス様は…」

「我はまだ千二百年ほどだな。そしてそなたが見てきたように、これまでこの国に神子は十二回発現している。そなたで十三人目だ。正確にはもっといるのだがな」

「それは…」

「気づいているであろう?」

「…紫龍に変化するまでに至らなかった者がいる、ということですよね」

「そうだ。我らが与える加護は、元を辿れば同じ龍へといきつく。すなわち紫龍へと」

「っ!」


わたしは緋龍の言葉に驚きを隠すことができず息をのんだ。


「な…ぜ……」


震える口元を両手で覆い、にわかには信じることのできない事実に視線を彷徨わせた。


「紫龍は【始龍】すなわち始まりの龍であり、全ての龍の原点である。我もまた彼の龍より派生して生まれ出でた者。根源は同じ。故に、我ら龍よりその力を欠片でも受け取れば、誰でも紫龍となる要素をその身に宿していることになる」


告げられた事実にわたしは全身から力が抜ける。

口元を覆っていた両手も、力が抜けて膝の上へだらりと落ちていた。


「そ、それじゃあ……ディーだけでなく、姫様も、グレン様も、ルーク様も…。他にも色んな人が…」

「そうだ」

「そんな…」


愕然として体中から血の気が引いていく。指先はすでに冷たく冷え切っていた。

緋龍がわたしの様子を窺うように見ていたけれど、そのことに気を回す余裕などあるはずもなく、わたしは此処にはいない人たちのことで頭がいっぱいになっていた。


ディー、姫様、グレン様、ルーク様…。


一人一人の名前を口にする度に、その人の笑顔が浮かんでくる。他にも、わたしを心配する顔、慌てる仕草、倒すべき敵を睨み据える頼もしい眼差し、これまでの色んな姿が次々と浮かんできて涙が滲んだ。


「どうして…」


溢れた涙は、頬を滑り零れ落ちる。堪らず両手で顔を覆い、嗚咽が漏れないように唇を噛みしめていた。


「国を護るために力を求めた者、死に瀕して生を願った者。理由は様々だ。だが」


一旦途切れた緋龍の言葉に顔を上げると、彼はわたしを強い瞳で見つめていた。


「加護を願った者全てが、各々の強い意思を持ち、我の力を受け入れた」

「っ!」

「我らの力は意思の弱き者にとっては猛毒にも等しいもの。加護を受け、耐えられなければその場で死ぬ。耐えたとしても、龍の力が己の中に定着するまでは、酷い苦痛を伴う。そうして今、この国に我の加護を持つ者が十五人、存在する」

「そんな、に…」

「いずれも強き意思で、我の力を受ける試練に打ち勝った者達だ」

「………」


そんな話を聞いてしまえば、怒ることなどできないではないか。


加護を受けた者であれば、誰でも紫龍となる要素をその身に宿している。


その事実に怒りが湧いた。

その後に起こる可能性のある悲劇から目を逸らし、龍のきまぐれで怨龍の種となる力を撒き散らすのかと。


けれど龍は加護を授ける相手の意思を最大限に尊重し、その上で加護を与えているというのであれば、加護を受けた人にとってそれは必要なことであったという証。彼らの強い意思の現れ。

どうにもならない憤りと、怒りと焦燥から顔を上げることもできずに、わたしは俯いたまま再び緋龍に問いかけた。


「それでも、加護を受けたら紫龍になるかもしれないだなんて、皆知らなかったのでしょう…?」

「そうだな。…我もまた、そこに至らなかった」


ギリッと唇を噛みしめる。唇がぷつりと切れて、口の中に血の味が広がった。

緋龍も記憶に枷が掛けられていたと言った。

ということは、自身が紫龍から派生した龍であり、根源は同じであるということ、そしてその力を他者に与えるということは、受け取った者もまた紫龍の力を手にし、いずれ怨龍となる危険を伴っているということも全て、彼は知らなかったということになる。

加護を与えたその時は、緋龍にも分からなかったのだ。


「エルヴィス様、お尋ねしたいことがあります」

「ああ、何でも答えよう」


整理しきれない感情が渦巻いて、唇が小さく震える。

緋龍ですら抗えない制約を伴っているのだ。

それを分かった上で、それでもわたしは問わずにはいられなかった。


「今後、加護を欲する者が現れたら、同じように授けられますか?」

「…迷いはある。だが、我は本人の意思の強さを尊重しようと思う」

「紫龍になる可能性は、話せないままに。ということですよね」

「ああ、そうだ」


どうしようもないことだと、分かっている。本人の意思を尊重すると緋龍は言った。

加護を授かるということは、本人がそれを強く望んだ証。龍に対してその意思を示した証。

分かっていても、納得はできない。

簡単に受け入れられるものではない。

大切な人達が、大好きな人達が、紫龍になってしまう可能性を秘めているだなんて。


黒く変色した龍の加護の紋。

それは即ち、紫龍へと変化する道筋に足を踏み入れている者であるという証ではないのだろうか。



まだ、救える?


いえ、救ってみせる。

絶対に!


紫龍となり、果ては怨龍として覚醒してしまえば、悲しみの連鎖は瞬く間に国中に広がるだろう。

そんなことさせない。


そのためにわたしが、【神子】がいるのだから。


ユズハ「あれ?加護を受け耐えられなかったら死ぬ?苦痛を伴う?」

緋龍「・・・・・・(明後日の方向を見る)」

ユズハ「(緋龍をじっとみる)」

緋龍「・・・・・・加護を受けられず、僥倖だったやもしれぬな」


シリアスな場面では、こんな当然の疑問は挟めないですよね。。。

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