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閑話 -気持ちの変化

足を運んでくださる方、ありがとうございます。

本編には影響しない話ですが入れました。とばして頂いても問題ありません。

本編も続けて更新予定です。


焔煉の谷からの帰り道、空間の狭間に落っこちたわたしが、ディーによって再召喚され再び王宮に戻って暫く経ったある日のこと。


ディーのおつかいを終え、図書棟で本を返却し気になる本を見つけてそれを借りて、意気揚々と彼の執務室への回廊を歩いていたわたしは、視線の先に一組の男女の姿を見つけて咄嗟に立ち止まっていた。


「グリフォード様ぁ、わたくし最近身の回りで物騒なことが多々起っておりましてぇ。恐いので身を護る術をこの装身具の魔導石に付与して頂けませんかぁ」


目も覚めるような真っ赤なドレスを着た令嬢が、甘えた声で傍らに立つ深紅のローブを身に纏った男性に擦り寄っていた。

大きく開いたデザインのドレスの胸元からは、たわわな胸が零れ落ちそうなほどにせり出している。

かと言って全体的にふっくらしている訳でもなく、腰はキュッと細くくびれていた。

世の男性たちの視線を釘付けにするだろうその姿に、最初は吃驚してその後羨ましいと思ったけれど、隣に立つ人物が誰だか分かってからは気分は斜め下に急降下で、自然と眉間に皺が寄った。


よくよく見れば、その女性は男性の腕に自身の腕を絡ませ、ここぞとばかりにその豊満な胸を押し付けている。

その様子を見て更にわたしの眉間の皺は深くなった。


けれど視線を上げて男性の顔を見たわたしは、毒気を抜かれて瞬時に眉間の皺が消える。


「グリフォード殿、なんて羨ましい状況に。…顔、恐いけど」

「うっわ、すっげー嫌そうな顔」

「今にもキレそうなんですけど。大丈夫なんですかね、あれ」


真後ろから聞こえてきた声に、首だけを動かして声の主を確認すると、そこには騎士が三人立っていた。

見知った声がすると思えば、一人はグレン様だった。


三人三様、感想は様々だったが、一連して同じなのは絡み付かれている当の本人の表情に関してだろう。

先程までわたしの眉間にも浮かんでいた皺だが、あちらの男性の顔に刻まれた眉間の皺はその比ではなかった。

視線など半眼を通り越してほとんど開いてはいない。

少し遠くて分かり辛いが、どうやらこめかみには青筋が浮かんでいるようだった。

その表情を見たからこそ、わたしの眉間に刻まれていた皺が驚きにより一瞬で消え失せたのだが。



実はこういった光景を見るのは初めてではない。

ここの所、ディーは表情が柔らかくなったなと感じていた。それに他人に対する態度も角が取れたような気がするのだ。

おかげでディーの執務室を訪れる人も増えたし、回廊ですれ違えば声を掛けてくる人も増えた気がする。


以前それを口にしたところ…。


「うん、間違いないね」

「そうね、あの棘だらけの鉄仮面から棘が消えることが増えたわ」


姫様のその言葉に、棘が消えただけで鉄仮面であることは変わっていないと言っているようなものだが?と思ったが、何も言わずに口を噤んだことも記憶に新しい。


「初めてあいつの笑顔を見た日には、俺は逆に恐怖で凍り付いたね」

「それいつの話よ」

「全員揃って国王に謁見した二日後くらいだったか」


「「「「「あー」」」」」


綺麗に重なった声は明らかに姫様達だけのものではなく、驚いて振り返るといつの間に混じっていたのか、そこにはレガートさんにリアンさん、キースさんまでもが加わっていて、うんうんと大きく頷いていた。


「オレ、別人かと思いましたもん」

「いやー俺は、石化の魔法くらったみたいに暫く動けなかったね」

「私は、幻術でも掛けられたのかと…」


上からキースさん、レガートさん、リアンさんの言葉だがどれも結構酷くないですかね?


「んー、でもわたしは結構、ディーが笑ってるとこ見ますよ?目付きだってそんなに鋭くないし」

「「「「「「あー」」」」」」

「???」


一同から一斉に先程とは違う感情の籠った声が「あー」が零れた。

同じ言葉を発しているのになぜこんなにも響きが違うのか。

わたしはこの「あー」にどんな意味が込められているのか分からず、目をパチパチと瞬かせていた。


「そこは、ユズハ相手ですし」

「あいつが変わった根本原因だし?」

「ユズハさんだし、ね」

「そうですねぇ」

「神子様のおかげですね」

「これからも、我々の心の平穏の為にも、どうかグリフォード殿のお傍に居てくださいね」


切実だと目で訴えてくるのはキースさんだ。

その後ろで全員が一斉に同意するように頭を縦に振っているのはどいうことだろう。


そんな話をしたのもそんなに前のことではない。



何となくディーの表情が柔らかくなったなくらいには思っていたけれど、そんなに変わったとは思っていなかった。

けれど今、目の前で腕に縋りつく令嬢を見るディーの顔は、わたしがこれまで見たどの表情よりも格段に恐ろしく、そして絶対零度の雰囲気を醸し出していた。


「あの御令嬢、凍らされるんじゃ」

「いやいや、あのディクスの顔見てもまだ腕にくっついてられるって、ある意味すごいぞ」

「転移魔法でどっか飛ばされそう…」


グレン様達の言葉に、わたしは困惑の表情を隠せない。

結局のところ、ディーのこと助けてくれるわけじゃなさそうだし、何気にやっぱり酷いこと言っている気がする。


「ディーはそんなひどいことしません!」


たまらず口走ると、目を丸くしたグレン様達は「いやいやいや、それは嬢ちゃん相手だから」とか「ユズハ様相手ならそうでしょうとも」とか「そもそも神子様相手にあんな顔しないですから」とか口々に言っては生暖かい目で見て、極めつけにグレン様はわたしの頭をよしよしと言いながら撫でていた。納得いかないっ!


「あ」


騎士の一人が発した言葉に、その視線を追ってぐるりと首を巡らせると、ディーが令嬢の肩を押し戻し腕をするりと引き抜いていた。一歩下がって距離を取ったディーは建物の一角を指さし、感情の籠らない冷ややかな声音で何かを告げていた。

そのまま踵を返し立ち去ろうとするディーを追いかけ、その令嬢は彼の腕を引っ張り強引に振り向かせるとその胸に倒れ込むようにして抱き着いていた。

ディーも避けることもできずに抱き留めていた。

その光景を目の当たりにして、わたしの中で何かがどくんと胸を強く叩いた。


「あ″」


表現し辛い言葉がグレン様の口から飛び出すも、わたしの意識は目の前で抱き合っているようにしか見えない二人から逸らせない。

視界も凍りついたようにその光景を写し続けていた。



――嫌だ。

触らないで。


その手に触れていいのは、わたしだけなの。

ディーの傍にいることを許されているのは、わたしなんだから。



自分勝手な感情が溢れて、わたしの思考を支配する。

まわりの声はわたしの耳に届くことはなく、グレン様が引き留めようとした手を振り払って、わたしはディーの元へと向かっていた。しかも視界に入り込んだ、ディーに声を掛けようとして躊躇していた神官が、手に持っていたいた書類をひったくってだ。


「お取込み中、失礼いたします」


その言葉にギョッとした表情を見せたのはディーだ。

回廊のちょうど曲がり角の部分で話していたから、わたしが居る事に気づいていなかったようだ。

咄嗟に抱き込むようにしていた令嬢の体を押し返し、ディーは居住まいを正している。

一方で、乱暴に体を引き離された令嬢の方はわたしに敵意を向け、これ以上ないほどに睨み付けていた。


「何ですの無礼な!」

「大変申し訳ございせんが、緋の神官様に大至急確認して頂きたい書類がございます」


わたしの突然の乱入に、食って掛かろうとした令嬢をディーは手で制すると、わたしが持っていた書類を受け取りその場でさっと目を通した。

それからディーは傍らの令嬢を冷たく見下ろしながら告げる。


「急用が入りましたので、失礼します。そこの君、この御令嬢が装身具への魔法付与を希望されているようだから、案内してやってくれ」

「なっ!」


偶然通り掛かったフットマンに、ディーは令嬢の案内を申し付けている。

突然の無茶ぶりをされたフットマンは当然困惑し動けないでいた。

その様子についにその令嬢は怒りを露わにして叫びだした。


「このわたくしがお誘いしてあげているというのに!その態度は…!」

「麗しい御令嬢、お困りのようですから、私が急ぎご案内致しましょう」


そう言ってその令嬢の手を取り、有無を言わさず連れて行ってくれたのは、どこから見ていてどこから現れたのかジェイドさんで吃驚した。

あまりにもスマートな入り込み方に、驚きすぎて声も出せないでただ見送る事しかできない。

令嬢の手を引きながら僅かに振り返ったジェイドさんは、軽く片目を瞑って笑顔を見せるとそのまま回廊の奥へと姿を消した。


「やるなージェイド」

「カッコいいですね」

「さすがは皆が憧れる近衛騎士というところか」


「お前ら……」


頭上から聞こえてきた声の低さに、思わず体を小さく震わせた。

この声音は説教されるときの声だ。

しかもとっても怒ってる…。


「おっと、俺呼ばれてるんだった。嬢ちゃん、後は頼んだ!」

「お疲れ様です!」

「頑張ってください神子様!」

「え?え?え?」


来た道を戻っていくかのように早歩きで去っていくグレン様達を目を丸くしながら見つめていると、頭上から今度は大きな溜息が聞こえてきた。

それを聞いて、わたしは自分が何をやらかしたのかにようやく気付いてじわりと焦りが胸に浮かんだ。


ディー以外誰も居なくなってようやく頭が冷えてくる。

そうすると先程頭に浮かんだ自分勝手な感情や、抱き合う二人の間に突然割り込んだことなど、一連の行動すべてがどんなに無遠慮で、軽率で、許し難い行為かに思い当たって愕然とした。

後悔の念がふつふつと沸いてきて胸を締め付ける。

ディーがどんな表情をしているのかを見るのも怖くて顔が上げられなかった。


再び頭上から溜息が聞こえてきて体が硬直する。


「ユズハ」

「……はい」

「………」


その言葉と共にディーはわたしの頭を引き寄せた。頭のてっぺんに何かが触れた感触がした後、わたしの頭を引き寄せていた手が離れた。

恐る恐る見上げたディーの顔は、何ともばつの悪そうな表情をしていて。

わたしが首を僅かに傾げると、それは苦笑に変わった。


「戻るぞ」

「…はい」


もう一度わたしの頭に触れたディーは、少し乱暴にわたしの頭を撫でてから颯爽と歩き出した。

その後をついて行きながら、わたしは後悔と困惑とむず痒い感覚と、色んな感情でごちゃまぜになってうまく働かない頭を必死にフル回転させていた。


さっきのディーの、あのばつの悪そうな表情はなんだったのだろう…と。




*・*・*


「見たか?あのディクスの顔!」

「視線だけで射殺しそうな絶対零度の雰囲気が、一瞬にして霧散しましたね!」

「しかも、神子様を無造作に引き寄せて、頭にキスしてましたよ!」

「神子様、私の代わりに資料を届けてくださって感謝致します」


わたしたちが立ち去った後の回廊で、嬉々として声を弾ませる騎士三人と、両手を胸の前で祈るように組み、涙を流して感謝の言葉を紡いでいる神官がいたことを、わたしは知る由もなかった。



本編が予想を超えて長くなりそうで、進行に影響しない話は省いていましたが、なにぶん更新が亀すぎるので、今回は入れてみました。今後もちょこちょこはさむかもしれないし、はさまないかもしれません。(←どっち!?)

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