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第52話 -点滅- 


「ユズハ起きろ」


頬をぺちぺちと叩く軽い衝撃にいつの間にか閉じていた目を開けると、目の前には出発の準備を終えたディーの姿があって飛び起きた。


いつの間に寝落ちしていたのか分からなくて愕然としつつ手早く服装を整え荷物を手に取った。


あーあれか。

普段から慣れ親しんだ自身を包む極上布団のごときディーの体温に眠気が抗えなかったのか。

そうか、まぁそうだよねと納得しながらふと視線が右手首に嵌められた腕輪に向いた。


わたしを護るためにディー達が用意してくれた大切なもの。

嵌め込まれている魔導石は彼らが大事にしている武具の一部でもあったものだ。


左手で腕輪を包み込み、抱きしめるようにして胸に抱き全員の無事を祈った。

じわりと掌に熱が生まれ、魔力が腕輪へと流れ込む感覚があって驚いて左手をぱっと離した。


何かやらかしたのではという焦りもあって、ハラハラしながら腕輪をじっくりと見つめていると埋め込まれている魔導石が微かに点滅していることに気づいた。


「え…何、これ」


光を発している訳ではないので分かりにくいが、五つの魔導石が鮮やかな色になったり暗くなったりをゆっくりと繰り返しているのだ。

それは陽の光の下で見た時の色と日が落ちて暗くなった時の色の違い程度のごく僅かな変化でしかない。


気のせいかもしれないと思ったけれど、何度見てもゆっくりと繰り返される点滅は変わらず続いていた。

まだ夜が明けていないため、部屋の中は必要最低限の光しかなく魔導石の輝きを左右するほどの強度はない。となるとやはり魔導石自体が点滅を繰り返している他ない。


いつからおきていた現象なのか。今はじめてこの変化に気づいた。

もしかしたらもっと前から起っていたのかもしれないと思うとスッと血の気の引いていくような感覚がして急いでディーにこのことを告げた。


「石が点滅してる?……見せてみろ」


魔導石が良く見えるように手の甲を上にして右手を差し出すとディーはじっと魔導石を見つめ、わたしの手首ごと持ち上げたり手をかざして影を作ってみたりを繰り返している。

わたしはされるがまま大人しく見ていたのだが、ディーの眉間には皺が刻まれ首を傾げていたりなど様子がどこかおかしい。

確認を終えたらしいディーがふっと一息ついてから告げた言葉に驚くのはわたしの方だった。


「何も変化は見られないが…」

「えっ!?そんなはずは…」


ディーの手で持ち上げられたまま目の前に晒されている右手首に着けている腕輪は、五つの魔導石が変わらず点滅を繰り返している。

魔導石に影が差すようにディーが手をかざした時は特にそれがよく見えた。


「僅かな変化ですが、明るくなったり暗くなったりしてますよ」

「…俺にはその変化は分からない」

「えぇっ」


この腕輪に嵌め込まれている魔導石はディー達が持っていたものだ。

わたしが身に付けてからまだそれほど時間も経っていない。

元々の持ち主の方が馴染みがあるはずの石の変化が彼には見えないとはどういうことなのか。

ディーも何度も石を覗き込んでいるが、その度に首を横に振って分からないと言う。

同じようにわたしも覗き込み、石の変化を明るくなった暗くなったと告げるのだが彼の目にその変化は見えないとのことだった。


「なんで…」


ディーが手を離し息をつく横で、わたしは自分の目がおかしいのか?と思い、目を擦ってみたり瞬きを繰り返してから右手首を近づけたり遠ざけたりしながら石をじっと凝視してみたのだが、微かな点滅は変わらず繰り返されていて頭を抱えた。


「…神子特有の力?いやしかし石は俺達の…」


わたしが腕輪を睨み付けて首を傾げている間、ぶつぶつとディーは何事か呟いていたが、彼には見えない石の点滅について調べる時間も術もないので、この問題は一先ず置いておくことになった。


「その石のことは後回しだ。時間がないから出発するぞ」

「はい」


ディーの後に続いて建物から外に出て周りを見渡すと、まだ空は真っ暗で家々が灯す明かりが街を明るく照らしていた。

陽が昇る方角の地平線付近の空だけが薄っすらと明るくなり始めていて、闇色を淡く溶かしだしていた。


「行くぞ」


ディーに声を掛けられて頷きその後を追う。

ここからの移動は馬を使うそうだ。一人で乗れないわたしは当然の如くディーと共に乗ることになった。

あぶみに足を掛けるよう言われ従うと、ディーがわたしの腰を掴んで持ち上げてくれたのですんなりと馬に跨ることができたけれど、馬上に上がった時は心臓バクバクだった。


前置きもなしにいきなり腰を持ち上げられるとか心臓に悪すぎる。

お腹周りの贅肉が気になる年頃の自分としては予告なしに体に触れるのは勘弁願いたいものだ。


反対側から落ちてしまわないよう鞍に捕まり内股に力を入れているけれど、本当は今すぐにでも前屈みに脱力してしまいたいくらいどっと気疲れしていた。

深呼吸をして気持ちを落ち着かせていると部隊の確認を終えたディーがひらりとわたしが乗る馬に跨った。

安定したその仕草は慣れからくるものだろうが、たったそれだけの動作がカッコ良く見えて一瞬ドキリとしてしまった。

鐙は二人分取り付けられていたが、鞍は一人用だ。

大きめで余裕があるとはいえ、二人乗りでは後ろに乗るディーの胸とわたしの背中はぴったりとくっついてしまう。

力を入れて背筋を伸ばし極力背が触れないように頑張っても、ディーが手綱を手に取ればわたしの体は彼の両腕に囲い込まれてしまって、後ろから抱きしめられているかのような体制をどうしても意識してしまい落ち着かなかった。


体に余計な力が入っていたわたしは、馬が動き出した途端にバランスを崩して小さく悲鳴を上げた。


「力を抜いて馬の動きに身を任せろ。体が強張っていては落馬する」


真後ろに居るディーが顔を寄せて耳元でしゃべるせいで、その声だけでなく吐息までもが鼓膜を震わせ、わたしは声にならない悲鳴を心の中で上げる。

体をぞわりとした感覚が走り抜け、わたしは違う意味で体を小さく震わせていた。



*・*・*



一部隊が十二~十五名の人員で組まれ、人々の生活区域に近い場所に発生した魔物を優先的に殲滅するようで、ディーが率いる部隊は出発した街の北側に位置する中規模のガラという名の街へと向かっていた。


馬を走らせること三時間程。後ろに座り手綱を操るディーに感じていた胸を騒がす感情は、遠くに小さな街並みが見えだした頃にはお尻の痛みに苦悶する方へとシフトしていた。


鞍に捕まり両腕に力を入れて少しでも体を浮かせようと視線を手元へ向けた時、視界に入った腕輪を見て違和感に気づいた。


宿舎で最初に気づいた時はゆっくり同じ速さで明暗の点滅を繰り返していた。

けれど今はそうではない。素早く三回の点滅の後一拍おいてまた素早く三回点滅を繰り返している。

そしてそれは目の前のガラの街に近づけば近づくほど点滅する光の強さは増していった。

その光を見ていてなぜかふと思った「そっちじゃない」と。


ガラの街まではもうあと僅かという距離。

警告のように素早い点滅を繰り返す魔導石を無視することができず、わたしは背後に居るディーを振り仰いで告げた。


「ディー止まって下さい!そっちじゃありません!」


一度で聞き取れなかったディーがわたしの口元に耳を寄せたので、再度同じように告げると彼は後続の騎士達に止まるように合図を送り、自身も手綱を引いて馬を止めた。


「ユズハどうしたんだ!?」


馬から降りることはせず、ディーはそのままの状態で馬の歩みを止めわたしに問いかけてくる。

後続の騎士達も突然の静止命令に驚きつつも馬を走らせるのを止めわたしたちの乗る馬の周りを囲んだ。


「グリフォード殿どうなさったのですか!」

「ガラの街はもう目の前ですよ?」


詳しい理由も告げず進行を止めたせいで、騎士達は口々にその理由を問いかけてきた。


「待て、俺にもまだ良く分かっていない。暫くそのまま待機だ」

「ですが!」

「待機だ」


ディーが難色を示す騎士達に指示を出して黙らせると、わたしへと視線を向けた。


「ユズハ、皆が分かるように説明しろ」

「すみません。でも、ガラの街の方ではない気がして…」

「どういうことだ」

「魔導石の点滅の仕方が変わったんです。ガラの街に近づくほど点滅が激しくて」


そっちじゃないと思った理由はどうにも説明し辛い。魔導石の点滅はわたしにしか見えないようだし、違うと思ったのもわたしの直感でしかない。


ディーがわたしの右手首に着けられている腕輪をじっと覗き込んでいるのが見えるが、今も続く激しい点滅は彼にはやはり見えないらしい。眉間に刻まれた皺は不可解だと告げんばかりにその深さを増していく。


「ユズハお前の言葉を信じないわけではないが、他の者には見えないそれを確認する術がない」

「そうなんですが…」


どう伝えればいいのか言葉を探すが何も浮かんでこず焦ってしまう。

周りを取り囲む騎士達からも困惑と苛立ちが伝わってきて殊更気持ちが落ち着かない。

気持ちばかりが焦ってしまい言葉を紡ぐことができないわたしに、ディーは極力抑えた声音で尋ねてきた。


「ユズハ、お前はガラの街の方ではないと言ったな」

「はい」

「では、どの方向が正しいんだ?」


ディーに言われてハッとした。

ガラの街の方角が違うというのなら、進むべき正しい方角があるはずだ。

ディーの言葉からそのことに気づいて、彼に馬の進行方向をゆっくりと変えてもらうようお願いし、わたしは腕輪の魔導石の点滅がよく見えるように目の前に持ち上げてそちらに集中した。


周囲が苛立ちを押さえ状況を静かに見守る中、ディーがゆっくりと馬の進行方向を右回りに動かし始めた。ガラよりも右側、つまり今いる場所からは王都へ向かう方角に位置するその向きは点滅がより強くなった。

「こっちじゃない…」


そのままディーはゆっくりと馬の向きを南へと向けていく。その間も素早く三回繰り返す点滅は続いていたけれど、馬の向きが南から東へと変わった時その点滅パターンが変化した。


「!」


素早く三回繰り返されていた点滅は二回、そして一回へと減っていった。

そして一定方向を過ぎるとまた二回へと増え、ガラの街の方角へ馬がむき出すとまた素早い点滅が三回と増えた。


ディーはその場でぐるりと一周し全方位を確認した後、同じ動作をもう一度繰り返してくれた。

そのおかげで、腕輪の点滅の仕方が明らかに変わることが分かった。


「止まってください!」


点滅の感覚が二回連続から一回の等間隔に変わった瞬間にディーに静止を告げた。

わたしは腕輪の魔導石に視線を向けたまま、真っ直ぐ前を指さしてはっきりと告げた。


「向こうです。この方向に進んだ先に……『彼』が、います」


周りを取り囲み馬を操り方向を探るディーとわたしの様子をじっと見守っていた騎士達が驚きに息を呑んだのが伝わってきた。

わたしの背後に居るディーも同様で、「まさか」と呟く小さな声が零れていた。


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