第48話 -腕輪- ※神官視点
起き抜けから何を騒いでいるかと思えば、ユズハは今更なことで身悶えていたらしい。
今更だ。
同じベッドに寝ていて、ユズハが寝惚けたまま無意識に俺に抱きついてくるのはそれこそ彼女がこの世界にやってきた初日からずっとなのだから。
最初の頃は夜中に目が覚める度に引き剥がし距離をあけて寝なおしていたが、気がつけばいつもユズハは俺に抱きついていた。
何度引き剥がしても目が覚めると抱きついているという状況になっているので引き剥がすのを止めてそのまま寝るようになったのは割と早い段階だった。
人嫌いを微塵も隠すことなく前面に押し出している俺が、ほぼゼロ距離という領域に侵入を許す人物が現れるなど夢にも思わなかった。
自分でも理解不能なその感覚に戸惑うこともあったけれど、それが今ではもうなくてはならないものになっているから尚更不思議だ。
抱きついてくるユズハの体温、穏やかな呼吸音に確かに刻む鼓動。
それらがなければ俺はもう眠ることもできなくなっている。
それに俺はもう気づいていた。
ユズハに対して抱いている感情が、只人に向けるものと違うこと。
唯一と言えるその感情を何と呼ぶのかを。
そしてその感情を的確に表す言葉の何と少ないことかと思う。
好きだ、では足りない。
愛してる、でも表しきれない。
言葉にしてしまうとあまりにも陳腐で軽い響きになってしまうそれを口にすることができない。
そんなものでは足りないのだ。
だからつい抱きしめてしまう。
触れたいと、その存在を全身で感じたいと渇望してしまう。
それは時として抑えが利かなくて己の行動にハッとしてしまうこともしばしばあった。
それでもそんな己の行動を後悔も反省もしないのは、ユズハが拒絶しないから、だった。
かと言ってユズハが俺を意識しているかと言えばそうでもない。
彼女にとって俺との触れ合いは、犬猫のそれと変わらないのかもしれない。
そう思っていたが……。
彼女の態度に変化があったと気づいたのは朝の騒動から少ししてからだった。
俺を見るユズハの態度が明らかにこれまでと違う。
熱に浮かされたようにぼーっとこちらを見ていたかと思えば、視線が合うとばっと逸らしてしまう。
逸らした顔が赤くなっているのは背けた先にあったガラスに映った姿や赤くなった耳を見れば一目瞭然だった。
俺を意識している?
そのことに気づいた時には少々驚きもしたが、すぐに幸喜の感情が溢れてきた。
耐えきれず小さく笑いを零せば、その赤く染めた可愛らしい顔で睨み付けてくるから余計に抑えが利かず声を上げて笑ってしまった。
そんな俺を見て目を真ん丸に見開き驚いた顔をするユズハがまた愛しくて、思わず引き寄せて額にキスをしてしまったのは仕方がないと思う。
そして尚一層に真っ赤になる彼女がまた可愛くて仕方がなかった。
昼食を終えた頃にはユズハも普段の落ち着きを取り戻したようで、話そうと思っていたことを彼女の方から問いかけてきた。
「わたしが気を失ってからどれくらい経ちましたか?」
「三日だ」
「そんなに…」
グラヴィーで拘束した男が放った攻撃を受け意識を失ったユズハを連れ、転移魔法を使用し一足先に王宮へと戻ってきていた。
貫かれたはずの左肩に外傷は見られず、脈も体温も以上は見られなかった。それでもユズハは眠り続けていた。
ユズハが目覚めるまでの間、気が気ではなく傍を離れられなかったのは言うまでもない。
だが時空の狭間に落ちてしまった時とは違って彼女の体は己の傍にある。
だからこそ冷静でいられた。
ユズハが目覚めた時のため、これから先に起ることを想定してできる限りの準備を進めていた。
プライベートルームの一角にある書棚に置いていた箱を手に取り、二人掛けのソファに座るユズハの隣に腰を下ろした。
目の前のローテーブルにその箱を置き蓋を開ける。
首を傾げながら俺の手元を見つめていたユズハが箱の中身を見てぽつりと呟いた。
「腕輪?」
深紅のビロードが張られた重厚な造りの箱の中に入っているそれを取り出し、ユズハに見えるように持ち直す。
腕輪は細めのもので、銀の土台には細かい細工が施されている。中央に大きな紫の魔導石が一つ、そしてその両脇には小さ目のそれぞれ色の違う魔導石が二つずつ埋め込まれていた。
「これってディーがつけている物に似てる…」
「中心の魔導石に蓄積された力を無駄なく利用するための造りになっているから似たようなものにはなるな」
「この石も見覚えが…」
「俺の腕輪につけていたものを嵌め込んだからそのせいだろう」
「えっ!?それってディーは大丈夫なんですか?」
俺の返答にユズハは驚いた表情で問いかけてきた。
「問題ない。石の交換など簡単にできる」
「でも大切なものなのに……」
「ああ、だからこそお前に身に着けさせる物としてこれ以上相応しい物はない」
言われている意味がよく分かっていないユズハは首を傾げている。
彼女にも分かりやすいよう腕輪について説明していった。
以前から考えていたユズハの身を護る為のもの。
再召喚した際に失われてしまった互いを引き寄せる力の代わりに彼女の存在を自身に知らせる媒体となるもの。
緋龍の加護もなく夢に囚われて戻れなくならないよう、精神世界においてもユズハを護ることのできるもの。
それらをまかなえる術を探していて見つけ出した方法の一つ。それがこの腕輪だった。
魔物の討伐から戻ってすぐルークに紹介されたのが魔導石について研究している魔導士の一人だった。
未確認の部分もまだ多いが、自身と相性の良い魔導石が存在し、その魔導石に込められた力は持ち主に作用することがあるのだと彼は話してくれた。
しかも術者と相性の良い魔導石に組み込まれた魔法は、別の者が使用すれば組み込んだ術者がそれを認識できる場合があるというのだ。
そして研究の結果、それは八割ほどの確率で認識できたという。まだ研究段階を脱していない為、発表こそしていないが役に立つかもしれないと情報をもたらしてくれたようだった。
彼の話を聞いてすぐに魔導石を嵌め込んだ腕輪を造ることが決まった。
そしてユズハを護る為になるのなら自身もそれに加わりたいと声を上げたのがいつものメンバーだった。
その為ユズハの腕輪に嵌め込まれる魔導石の数が五つになったのだ。
それからは各々が自身と相性の良い魔導石を探すことに奔走したが、結局のところ長いこと身近にあった魔導石が一番自身の魔力と馴染みが良く相性が良いことが分かった。
だから俺はそれを腕輪に嵌め込むことを微塵も躊躇することはなかったし、他のやつらにしてもそれは同じだったらしい。
俺は自身の腕輪に嵌め込んでいたアレキサンドライトの魔導石を。
王女は普段鎖に通し首から下げていた指輪に嵌め込まれていたルビーの魔導石を。
グレンは自身が振るう大剣に嵌め込んでいたサンストーンの魔導石を。
ルークは杖に嵌め込んでいたエメラルドの魔導石を。
ジェイドもまた自身の持つ剣に嵌め込まれていた深いブルーのカイヤナイトの魔導石を。
それぞれユズハの腕輪に嵌め込むこととした。
俺の腕輪からは中心に嵌め込んでいた一番大きなものを取り外した。
王女が持つ指輪の石は元からそれほど大きくなかった為、中心にあったものを取り外し、ルーク、グレン、ジェイドに至っては石が大きすぎるため一部を削り出して使用することになった。
一旦取り外され腕輪に嵌め込むための加工が施された魔導石にそれぞれがユズハを護る為の魔法を組み込む。
俺は魔導石の質量が大きかったこともあり転移と意識覚醒の魔法を組み込んだ。
王女は能力向上の聖魔法を、ルークが風魔法の護りを、グレンが焔魔法のカウンターを。
そして魔法は不得手としながらもジェイドも石に自身の魔力を流し込み、有事の際は自分にもそれが伝わるようにしていた。
そうしてこの腕輪は仕上がり今ここにあった。
「っ………」
俺の説明を聞いたユズハは言葉に詰まり言葉を紡げないでいた。
そんな彼女の右腕を取り、腕輪をはめる。
掌の関節部を通り、細い手首まで腕輪を通すと俺はその腕輪に魔力を流しリングのサイズを手首の細さに見合うサイズになるように縮めた。
腕から抜けてしまえば意味がなくなる為、腕輪の土台になる素材は魔力で伸縮可能なものを使うのが一般的となっている。
それを知らないユズハはすごいと目を輝かせていて、その様子もまた愛しさが募って思わず抱きしめそうになって踏みとどまった。
「この腕輪は誰の魔力でもサイズを変えられる。それは悪意を持って外そうとする者の魔力であってもだ」
「あ……それは…困りますね」
「ああ。だから俺の魔力にしか反応できないようにしても…」
「ぜひ!そうしてください!」
俺の魔力にしか反応しないようにしてもいいか?
そう尋ねようとした言葉は先を紡ぐ前にユズハによって遮られた。
それも俺が最も望む言葉で。
「ああ、分かった」
愛しさが溢れ、知らず笑みが浮かぶ。
これでまた一つ、己にとって命にも代えがたい大事な存在を護る術ができたと思うと心の底から安堵した。
俺の魔力によって自身の腕に丁度良い大きさとなった腕輪を、ユズハは大切なものに触れるようにそっと指先でなぞっていた。
その表情はこれまでに見たどの笑顔よりもキラキラと輝いていてこれまでのどんなことよりも嬉しそうで。
その様子を見ているだけで己はまた満たされていた。
台風の影響で停電とネット切断が断続的におきて昨日UPできませんでした。
被害にあわれた方がいらっしゃらなければよいですが。
※石の設定をアメジスト→アレキサンドライトに変更しています。




